2009年7月 5日

渚のシンドバッド

 先日入ったラーメン屋でピンクレディーの「渚のシンドバッド」が流れていました。

 この歌は昭和52年のリリースですが、当時私は20歳でした。まあ女の子に興味がなかったわけではないものの、それより電車を追っかけている方だったので、別にコンサートに行ったりレコード(CDではない)を買ったりすることはありませんでしたが、当時の様々な思い出がこの曲を聴いていると浮かんできました。おそらく私の前後5年くらいの年代であれば、大体同じような感覚を持っているのではないでしょうか。あのころ世の中は本当に平和で、良い時代だったと思います。

 しかし一方で、この年には公開されている特定失踪者と政府認定拉致被害者だけでも次の方々がおられます。

布施範行さん
吉田賢光さん
中里次弘さん
新木章さん
鈴木正昭さん
安村(尹)文夫さん
久米裕さん
松本京子さん
前上昌輝さん
後藤久二さん
金武川栄輝さん
牧志孝司さん
田島清光さん
儀間隆さん
玉井敏明さん
加藤鈴勝さん
古都瑞子さん
横田めぐみさん
和智博さん

 自分たちが青春を謳歌して「渚のシンドバッド」を聞いていたときにこれらの人々が消えていた。そしてそれらに自分は全く無関心であった。私たちは(私は、ということかも知れませんが)あのとき繁栄と引き替えにとんでもない忘れものをしてきたのではないか、と思います。だとすれば、今からでもその忘れ物を取りに帰られなければならないのではないか、とも。

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2009年6月18日

手紙の返事

※本日6月18日付の調査会NEWS788号に書いたものです。

 昨日夕刻、山梨県警から電話がありました。

 一瞬ドキリとしたものの「まあ、まさか電話で『逮捕する』と言われることはないだろう」と思い、お話を聞いてみると「元県警警備1課長のところにお手紙を出されたそうですが、本人はすでにこの職を離れており答える立場にありません。県警として責任をもってやっています」とのことでした。

 これだけでは意味が分からないと思いますが、「手紙」というのは山本美保さんに関わる「DNAデータ偽造疑惑事件」に関して、5年前の3月5日、「DNA鑑定の結果山形の身元不明遺体が山本美保さんである」と発表した当時の県警警備1課長である丸山潤・現警察庁外事情報部外事課課長補佐に私が出した手紙(下につけてあります)のことです。

 5月に出した質問状に対する山梨県警の回答(6月4日付)では全く回答になっておらず、回答をいただく際に行ったやりとりでも疑問は増えるばかりだったので、私は丸山氏に手紙を書き、直接会って説明をしてもらいたいとの手紙を書きました。しかし、まさかその返事が山梨県警から届くとは思いませんでした。警察庁宛に送った手紙の情報を山梨県警が独自に入手してこちらに連絡するはずはなく、指示に基づくものであることは明らかです。

 常識的に考えれば、本人が直接返事をするか、そうでもなければ黙殺するかでしょう(善し悪しは別として、お役所なのだから、そういう判断があっても不思議ではないと思います)。山梨県警を使って言わせるというのは、子供のけんかを親に言いつけるような(立場上は逆ですが)話で、何か情けなくなりました。もともと公開するつもりはなかった手紙ですが、こういう返事のしかただったので敢えて公開することにした次第です。

 いずれにしても、この事件を主導した人々は、問題を山梨県警の問題にして自分たちに火が及ぶのを防ごうとしているようです。県警も盾にされてしまっているようで同情を禁じ得ませんが、本件の問題はもはや山梨の問題ではなく東京の問題、国の問題です。県警のできることは先日の回答でおそらくほとんどすべてだと思います。今後は中心をこちらに移してやっていきたいと考えています。

 なお、宣伝になりますが、来週後半に拙著『日本が拉致問題を解決できない本当の理由』(草思社刊)が出版されます。「飯倉公館事件」とあわせこの「DNAデータ偽造疑惑事件」についても書いていますのでご関心のある方はご一読いただけると幸いです。

(丸山課長補佐に送った手紙)

拝啓
 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

 はじめてお手紙をお送りさせていただきます。ご多忙な中失礼の段お許し下さい。

 私は特定失踪者問題調査会という民間団体の代表を務めているものです。ご存じかも知れませんが、当会は拉致の疑いがありながら日本政府が拉致認定していない失踪者について調査し、拉致の疑いが高い場合は救出を目指すための活動を行っております。

 さて、今回は特定失踪者山本美保さんの件についてお聞きしたくご連絡申し上げました。丸山様が山梨県警警備一課長在任当時の平成十六年三月五日に行われた発表は山本美保さんのご家族のみならず、私たち支援者にとっても大変ショッキングなものでしたが、そのときの記者会見での丸山課長の受け答えも、後に私たちが提出した質問へのお答えも納得いくものではありませんでした。

 その後五年にわたり私たちは調査を続けて参りましたが、どうしても疑問を解くことができませんでした。そこで去る五月二十二日にも県警に質問状をお届けし、美保さん失踪二十五年目にあたる六月四日に県警本部にて回答をいただいたきました。私たちとすればこれで疑問が解けることを期待したのですが、現在の担当者も当時は関係した職におられない方ばかりで、残された書類をもとに回答されているため、残念ながら逆に疑問は深まるばかりでありました。

 もちろん、捜査中の事案として、明らかにできないことが多いのも分かりますが、DNAだけが一致して、他のデータがことごとく別人であることを示しているというのはやはりきわめて不自然なことと思わざるを得ません。足利事件などでDNA鑑定の問題に関心が集まっていることでもあり、より踏み込んだ情報開示が必要と考えます。丸山様におかれましても職務上にとどまらず、論文等で拉致問題への高い関心をお持ちと拝察し、ご協力賜りたくお願い申し上げる次第です。大変ご多忙とは存じますが、可能な限り日程は合わせますので関係者とお会いになる場をお作りいただけませんでしょうか。私の連絡先等は同封名刺の通りです。是非ともご理解、ご協力賜りますようお願いする次第です。

 末筆ながらご健康とご活躍をお祈り申し上げます。

敬具
    平成二十一年六月九日
                        荒木和博
丸山潤様

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2009年6月16日

新著

Riyu
 書店に並ぶのは今月24日頃からになりますが、新著『日本が拉致問題を解決できない本当の理由(わけ)』が草思社から刊行されます。この前の記事にある山本美保さんの事件、第一次小泉訪朝時の「飯倉公館事件」などもふくめて、拉致問題の解決できない理由と、どうするべきか、について、自らの反省も込めて書きました。ご関心のある方はぜひご一読いただきご批判賜れれば幸いです。

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2009年6月 5日

読売新聞の連載

山本美保さんの件について、読売新聞山梨版で「失踪25年」という連載が始まっています。下記のアドレスでネットで見ることができます。全体の流れが良く分かりますのでご参考にしていただければ幸いです。


http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamanashi/feature/kofu1243953285704_02/news/20090602-OYT8T01118.htm

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DNAデータ偽造疑惑事件 山梨県警の回答

本日5日付の「調査会NEWS」785号に書いたものです。

 昨日午前10時より、山梨県警本部で山本美保さんの件に関する質問への回答を受け取りました。以下に「回答を受けて」、「県警回答文」「前号のニュース(一部文字化けしたとの連絡がありました)」の順に掲載しますが、例えば下着のサイズの矛盾に答えずに突然Gパンが男物になっていたり、本人のDNA試料を探さずいきなり双子の妹である森本美砂さんの血液を採っているにもかかわらず「高い識別力を持った鑑定」のためにお母さんの血液は使わなかったと言っているなど、説明自体が矛盾だらけでした。

 特にご家族に対して説明したという「4」の部分は圧巻(?)で、全く家族が聞いていない話を丁寧に描写し、「こんなことは聞いたことがない」というと「書類に書いてある(つまり、その書類が本当かどうかは確認していない)」の一点張りでした。「類似した身元不明遺体があるのでDNA鑑定する」と言われたとしたら、20年近く(当時)探してきた家族がその言葉を聞き漏らす、あるいは聞いたけれど忘れてしまう、ということは常識で考えてもあり得ないと思うのですが。まあ、回答した方も当時はその職にいなかったわけですし、半ばヤケクソだったのかも知れません。

 いずれにしても山梨県警はただ使われただけ、一種の被害者とも言えますので、今後は当時何があったのか、どうやってDNAデータが偽造されたのかについて、小泉政権の官邸中枢の動きも含めて調べていく必要があると思います。もちろん、当時県警発表に携わった丸山潤課長(当時・警察庁から派遣)らにも事情は聞いてみたいと思いますが。

 なお、個別の矛盾点については後日あらためて発表します。昨日の足利事件菅家さんの釈放もありDNAの問題に関心が集まっています。ブログ等やっておられる方はインターネット上などで少しでも多くの人の目に触れるようご協力をお願いします。
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平成21年6月4日

山梨県警からの回答を受けて

山本美保の家族
特定失踪者問題調査会
山本美保さんの家族を支援する会

 今回の回答は前回のものと基本的に変わるものではなく、私たちの疑念は晴れるどころか一層深まったと言わざるを得ない。

 具体的には県警に残されている記録にもとづくものであって、私たちの認識している事実とは異なる点があまりにも多い。

 したがって、これ以上県警を中心にして対応を求めることは無理があり又、本件において県警は副次的役割を果たしたにすぎないと考えられることから焦点を当時の小泉政権中枢へ移すことが適当と考えられるので、その方向で今後の対応を進める。

<今回の回答文の矛盾>

1、美保さんの下着のサイズについての確認を今に至るも行なっておらず、下着等の提出も求められていない。美保さんのGパンサイズは県警も確認しているが、それと回答ではサイズが異なる。

2、本来、座高であるべき「頭頂部より臀部下端」という鑑定結果を遺体の全長であるとしている。

3、遺体の死後経過時間は最大で17日、柏崎でのバックの発見後なら、わずか13日なのに「大約3週間から3カ月くらい」の中に入るとしている。

4、回答の(5)・(6)は事実であるが、(1)~(4)の家族に対しての説明はなされていない。「県警の記録には残っている」との事だが、客観的に考えてそれを家族が記憶していない事はありえない。

5、この回答では、鑑定書を公開できない理由とはなりえない。

6、「高い識別力を持った鑑定」と言いながら、美保さん本人の試料を使おうとしなかった事は説明ができない。


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(県警回答文)
梨備一発第12号
平成21年6月4日

山本文子 森本美砂 森本直行 殿

山梨県警察本部警備部警備第一課長

ご質問に対する回答について

 平成21年5月22日付で提出されました「平成16年3月5日の山梨県警からの発表に対する質問について」に対しまして、別添のとおりご回答申し上げます。

【質問1について】

 山形県の海岸で発見された御遺体について、血液型、性別、推定年齢、推定身長、死後経過時間(推定)等に関する事項及びその骨髄のDNA型鑑定の結果を踏まえて総合的に判断して山本美保さんの御遺体であると判断しました。

 ご指摘のブラジャーのサイズに関しては、昭和60年4月及び平成14年10月にご家族から提出された「家出人捜索願」には、いずれもサイズに関する事項は記載されておりません。県警察としましては、御遺体に装着されていたブラジャーのサイズと山本美保さんの胸囲等との比較をすべく、山本美保さんの身体測定結果等の捜査を行いましたが、現在のところ確認はできておらず、身体特徴を含め捜査を継続しております。また、御遺体に装着されていたGパンに関しては、そのデザイン特徴やエンブレム等を元に捜査した結果、フランスのメーカーのコピー商品で、当時、一般的な価格で県内にも流通していた製品とみられること及び当該Gパンのサイズは男性用の28インチであったことが判明しています。男性用の28インチとは、男性のウェストサイズで71cmに相当するところ、男性と女性とでは、臀部の体形の相違等があるため、このサイズは、一般的には、ウェストサイズが61~65cm程度の女性に適合するサイズであると承知しています。

 山形の御遺体がサイズ64のガードルを着用していたことも、これに符合しており、失踪当時のウェストサイズが64㎝である山本美保さんが着用することは十分可能であったものと判断しております。

【質問2について】

 山形県で発見された身元不明死体についての解剖による鑑定結果は、「頭頂部から臀部下端まで25cm」とされておりますが、本件御遺体は、下半身が欠如し、頭頂部位から臀部下端までのものであり、鑑定書にはこの他に御遺体の全長を示す記載もないことから、「95cm」とは、座高ではなく、御遺体の全長と理解しております。また、山本美保さんの家出人捜索願によりますと、失踪時の身長は「160cm」となっており、今回、高校三年時の身長として「159.5cmであった」とのご指摘をいただいておりますが、御遺体の推定身長は、解剖による鑑定結果として「大約160~170cmと推定される」とされていることから、両者に矛盾はないものと考えております。

[質問3について】

 白骨化、屍蝋化、歯根膜の腐敗状況などは、遺体の置かれていた状態によって変わります。

 当時の解剖記録においては、頭部・顔面の白骨化、一部屍蝋化等の様々な所見に加え.当時の気温、屍体の置かれていた状況などを総合的に検討された上で、「本屍の解剖開始までの死後経過時間は大約三週間~三ヶ月位と推定される」とされております。

 本解剖を行った解剖医は、当時、既にこの種の解剖に豊富な知識と経験を有しているところ、その判断は、信頼すべきものであると考えております。

【質問4について】

 警察では、DNA型鑑定について、森本美砂さんに対して、次のとおり、説明を行っています。

(1) H15.4.26(土)、山本光男方で、山本文子、森本美砂、山下滋夫の各氏に対し、関係者からの事情聴取の状況等の捜査状況、昭和59年に山形県で発見された身元不明死体と山本美保さんに類似点が認められること及びDNA型鑑定が可能であることを説明し、血液の採取について説明したところ美砂さんから承諾をいただきました。

(2)H15.5.7(水)、甲府市内の山梨県立中央病院において、森本美砂さんから鑑定承諾書等の提出を受けるとともに、血液を提出していただいております。

(3)H15.722(火)、厚生年金会館一階喫茶室で、森本美砂さんに、科学警察研究所での鑑定結果を伝えた上で、更に詳細な鑑定を行う必要性を説明し、名古屋大学で鑑定を行う予定であることをお伝えし、その場合には、再度の血液提出をお願いする場合もあるとお伝えしました。

(4)H15.11.7(金)、平成14年の捜索願受理後1年が経過したことから、県警察本部公安委員会室で、森本美砂さんに、この間の捜査結果等を説明し、7月22日に説明した名古屋大学での鑑定が行われていることを説明した上、鑑定が行われている御遺体や着衣等の写真を見ていただきました。

(5)H16.3.5(金)、「ニュー機山」において、森本美砂ご夫妻に対し、名古屋大学でのDNA型鑑定の結果について、鑑定書を提示した上で、説明いたしました。

(6)同日、山本文子方で、山本文子、森本美砂さんに対し、同じく名古屋大学での鑑定結果についてご説明しております。

 以上のとおり、それぞれの時点で必要なご説明は尽くしており、今回ご指摘のような「立ち話」で鑑定結果をお伝えしたという事実は一切ありません。

【質問5について】

 鑑定書については、事案の特殊性にかんがみ、平成16年4月7日(水)に家族及び訴訟代理人の弁護士に閲覧していただいております。これは、犯罪捜査規範の規定に基づき「被害者等に対する通知」として対応したものです。

 県警察は、山形の御遺体について山本美保さんのものであると判断しておりますが、死に至った経緯等につきましては明らかになっておらず、拉致の可能性も含めて捜査を継続しているところであります。

 現に捜査中の事案である本件の鑑定書及びそのコピーをお渡しすることは差し控えさせていただきます。

【質問6について】

 鑑定においては、現存の資料で明瞭な結果を出すことが重要であり、この結果、資料が残らないこと,はありますが、このことにより実施された鑑定結果の信頼性が損なわれることはないと考えます。

 また、妹美砂さんの血液を採取したのは、山本美保さんと森本美砂さんが一卵性双生児であり、親を対照資料にする場合よりも高い識別力をもった鑑定ができることからご協力いただいたものです。

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2009年5月20日

第18富士山丸事件と小泉訪朝

※5月20日付の調査会NEWS 778号に書いたものです。

 先日第18富士山丸事件と金丸・田辺訪朝団についてちょっと調べていて気づいたことがあります。

 事件については書くと長くなるので省略しますが、抑留された第18富士山丸の紅粉勇船長・栗浦好雄機関長は平成2(1990)の金丸・田辺訪朝団が連れて帰ってきました。しかし、二人には厳重な箝口令が引かれ、北朝鮮でのことについて語ることはできませんでした。
 
 金丸・田辺訪朝団と二人の釈放の流れを見なおしてみてなるほど、と思ったのは、二人の釈放問題はそれなりに世間の関心を呼んでいたものの、訪朝団の主題ではなく、逆に、訪朝団を出すための理由付けであったということです。この問題がなければ金丸・田辺訪朝団にはもっと風当たりが強かったでしょう。帰国してから二人が話せなかったのはそのためで、とりあえず帰ってこれれば、あとは日朝交渉に障害となるような発言はできないようにされたのでした。

 これを小泉訪朝にあてはめると、なるほど、と思える点がいくつも出てきます。

 小泉訪朝の最大の目的は拉致問題解決ではなく、日朝国交正常化でした。それは平壌宣言に経済援助などについては非常に細かく書いてあるのに、拉致問題については「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題」とぼかして書いてあるだけということでも明らかです。

 それどころではなく、金丸・田辺代表団のとき第18富士山丸事件がその理由付けで使われたのと同様、第一次小泉訪朝では拉致問題がその理由付けで使われたということです。

 確かに拉致問題を無視して日朝国交正常化に進むことは不可能ですが、拉致問題を話し合うということで訪朝すれば批判をかわすどころか、賞賛の対照ともなり得ます。そして、国交正常化交渉が動き出せば、あとは拉致問題はどうでもよく(もちろん、帰ってくればそれに越したことはないという程度の思いはあったでしょうが)、逆にマイナスになる要因、つまり拉致問題での世論の高まりは除去する必要があったということです。

 したがって金丸・田辺訪朝団が紅粉船長、栗浦機関長の口をふさいだように、小泉政権も拉致問題がこれ以上大きくなることを止める必要がありました。そう考えると、9月17日の「飯倉公館事件」にしても、翌々年(平成16年)3月の山本美保さんにかかわる「DNAデータ偽造疑惑事件」にしても十分に理解ができます。

 北朝鮮に拉致を認めさせ、とりあえず5人を取り返したという意味で私は小泉訪朝を評価をするものですが、それが結果論であって、本質的にはこのような考えのもとに動いていたということはしっかりと理解しておく必要があるでしょう。

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2009年5月13日

蓮池透さんの発言について

※5月13日付調査会NEWS 776号に書いたものです。
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 このところ、色々な集会での蓮池透さんの発言が伝えられています。

 もちろん、自分の意見を述べるのが自由なことは言うまでもありませんから、それ自体を批判するつもりはありません。むしろご自分の意見を明確に打ち出してくれるようになったことで、議論の土台ができることは望ましいと思います。

 その前提で、透さんの言っている「制裁には効果がない」「日本は過去の清算をしていない」という発言には敢えて反論しておきたいのですが、この二つは北朝鮮側から度々流されていることです。もはや風前の灯とも言える朝鮮総聯が、力を振り絞って制裁解除、特に船の入港禁止解除を求めていることが、いかに制裁が効いているかの証拠だと思います。

 私は経済制裁、特に船舶入港禁止はいわゆる経済制裁とは別に、安全保障上の意味、北朝鮮の工作活動を抑制する効果があると思っており、北朝鮮が困っているのはかなりの部分それなのではないかと考えています。

 どのような意図で透さんがこのような主張をしているのか、あるいは薫さんと同じ意見なのかは分かりませんが、もし日本政府に対して、あるいは世論に対してこのようなことを訴えるなら、多くの国民が疑問に感じている「なぜ帰国した5人は話さないのか」ということに答える必要もあるのではないでしょうか。別に語れないことは語れなくていいので、一般の人々の前で5人が答えられる範囲の質問に答えてくれれば、透さんの主張に対する見方も(私も含めて)変わるのではないかと思うのですが。

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戦略情報研究所講演会(喜田邦彦氏)

次回の戦略情報研究所講演会は下記の通り開催されます。ふるってご参加下さい。

1、日程:5月15日(金)18:30〜20:30

2、場所:UIゼンセン会館2階会議室(千代田区九段南4-8-16 tel03-3288-3549)
 ※市ケ谷駅下車3分 靖国通りを靖国神社方向に歩いてすぐ右に入る。日本棋院斜向い

http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=35/41/14.758&el=139/44/23.929&scl=5000&bid=Mlink

3、講師:喜田邦彦氏(安全保障・危機管理学会主任研究官)
 昭和18年生まれ。防衛大学校第10期卒。第1空挺団、陸幕研究課・訓練課、第2師団第3部長、第4普通科連隊長、防衛研究所戦史部主任研究官などを歴任し、平成11年に1等陸佐で退官。第二次世界大戦前における欧米諸国の危機管理などをテーマに研究。

4、テーマ「『専守防衛』…フランスの敗北と日本の呪縛」
 第2次世界大戦においてドイツに緒戦なすすべなく敗れたフランス、その最大の原因は「専守防衛」にありました。テポドン騒ぎに揺れる日本との比較も含め、どうすれば私たちが自らの安全を守ることができるのかについてお話しいただきます。

5、参加費 2000円(戦略情報研究所会員は無料)。

6、参加申し込み 事前のお申し込みは不用です。そのまま会場においで下さい。

7、インターネット中継 地方在住の方等でご覧になれない方は(株)NetLiveのご厚意によりインターネットでの生中継を行います(18:30〜19:30頃まで)のでそちらをご覧下さい。

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2009年5月10日

拉致問題の現在

※以下は表題のテーマアジア人権人道学会結成大会報告会(5月9日・明治大学)で私の発表したレジメに若干の肉付けをしたものです。調査会ニュース775号に掲載しました。
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1、拉致問題の二つの側面
 拉致問題には(1)国家主権の侵害、(2)人権侵害、という二つの側面があります。ここで発表するのは(2)についてです。

2、人権侵害の側面からみた拉致

(1)北朝鮮当局・日本国内の工作員及び協力者による拉致被害者に対する人権侵害

 これは通常言われていることですが、今回は別の視点から人権侵害としての拉致を見てみたいと思います。 

(2)日本国政府による拉致被害者及び家族に対する人権侵害

 その一つは政府が拉致を放置し、隠蔽することによる人権侵害です。

 a)不作為による人権侵害

 「努力していますが、結果が得られません」ということは責任を問われるべきではないのか。国民の基本的人権が侵されているのですから、救出できないことについても政府は責任を負うべきだと思います。発表の場では言いませんでしたが、岡田和典・調査会常務理事の言葉を借りれば「ヤルヤル詐欺」にあたるのではないでしょうか。

b)意図的な隠蔽による人権侵害
(例)飯倉公館事件(註1)・DNAデータ偽造疑惑事件(註2)

 これは不作為よりさらに始末の悪い問題です。例に挙げた二つの事件(後に概略を解説)については現在見直しをしているのですが、金丸訪朝のとき、第18富士山丸の船長・機関長解放が一つの重要なテーマでした。これはあらためて見直すと、二人を取り戻すために北朝鮮と交渉したのではなく、北朝鮮と交渉するためのネタとして二人のことを使ったのではないかと思われます。同様小泉訪朝でも拉致は、それを解決するために行ったというより、日朝国交正常化をするために拉致問題を利用したのではないかとも考えられます。いうまでもなくこれらは政府による明確な人権侵害です。

(3)国民による拉致被害者及び家族に対する人権侵害

 しかし、問題は政府にのみ押しつけられるものではありません。民主主義制度の中、政府は私たちが構成しているのですから、拉致問題が解決できないことについて、もちろん私も含めて、国民皆が不作為の人権侵害を犯しているとは言えないでしょうか。特に「まだよく分からないから何もしない」ということは果たしてどこまで許されるべきか。そうしているうちに収容所の中では人々が死んでいきます。その中には帰国者も、拉致被害者もいるかも知れません。「知らない」ということに何らかの責任が課される必要もあるのではないかと思います。

3、拉致問題に関しアジア人権人道学会に期待する今後の課題

(1)救出運動スタート、家族会結成からすでに12年余。時間の経過によって記録が散逸しつつあり、あらためてこの間(そしてそれ以前から)拉致問題について何が起こってきたのか、記録を残しておく必要性があります。

(2)多数の被害者がいると思われる在日朝鮮人拉致についての検証がなされていません。これも進めていかなければなりません。

(3)終戦時に北朝鮮に残った内地出身者(日系朝鮮人)の存在に関する検証もほとんど手つかずです。平壌だけで1000人位残ったと言われる人たちがどう処遇されたのか、拉致問題ともからめて考えていく必要があると思います。

(4)拉致問題の全体像に関する検証は、(1)とも関わりますが、まだ十分になされていません。個別の人権問題についての研究とともに、政治、外交の面を加味して全体像を見定めていく努力が必要であると思います。

(註1・飯倉公館事件)平成14(2002)年9月17日の第一次小泉訪朝時、政府が北朝鮮側から伝えられた情報の中で、未確認の死亡・生存の情報を確定情報として伝え、一方北朝鮮から伝えられていた「死亡」日付等をあえて知らせないことなどの情報操作によって拉致問題の終結を図ろうとした事件。(参考:荒木著『拉致 異常な国家の本質』勉誠出版)

(註2・DNAデータ偽造疑惑事件)昭和59(1984)年6月4日に山梨県甲府市で失踪した特定失踪者山本美保について、平成16(2004)年3月5日山梨県警が、失踪17日後に山形県遊佐町の海岸に漂着した身元不明遺体の骨髄と双子の妹の血液をDNA鑑定した結果一致し、従って遊佐町の遺体は山本美保であると発表した。しかし、後の調査で山本美保と遺体は体格、着衣、遺留品がことごとく相違し、なおかつ遺体の状況も失踪17日後とは考えられない状態であることが分かった。遺体が山本美保でないことは明白であり、それはDNA鑑定の書類が偽造されたものであることを意味する。当然このような措置が県警の判断でできるはずはなく、飯倉公館事件同様政権中枢による拉致問題終結のための情報操作であった疑いが持たれている。(参考:同上書)

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2009年5月 4日

平和を愛好する…

 昨日は憲法記念日でした。

 悪い冗談と言われるかも知れませんが、憲法に「平和を愛するインフルエンザウィルスの公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とでも書いたらインフルエンザが入ってこなければいいですね。あるいは「平和を愛する地震の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とか「平和を愛する台風の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」なんてのもありかも知れません。

 信ずる者は救われる、と思うなら心中するのも結構ですが、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。けれどもできなかったので諦めた」というのも一つの方法でしょう。別に条文をかえなくても、「将来そうなったらいいなあ」という努力目標くらいに考えて、それよりもとりあえず現実に安全と生存を保持する対策をすべきでしょう。

 もともと占領中に占領軍が作ったものですから、あまり真面目に考えない方がよいのではないかと。

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2009年5月 1日

メーデー

※5月1日付調査会NEWS 774号に書いたものを多少直しました。

 4月29日に東京・代々木公園で開催された連合主催のメーデーに特定失踪者問題調査会として出店しました。この模様は戦略情報研究所のホームページにある「しおかぜだより」に報じられています。

http://senryaku-jouhou.jp/tayori.html

 ご協力いただいたUIゼンセン同盟ヤングリーブスの皆さん、ブースを訪ねて下さった皆さん、ありがとうございました。当日はカンパ8,536円、グッズ売り上げ37,000円あわせて45,536円になりました。ご支援に心より御礼申しあげます。

 ところで、そのメーデーの最中、ふとタイトルのようなことが頭に浮かびました。もともと真鍋副代表が「政府にも『良い政府』と『悪い政府』がある。もっと『良い政府』が動きやすいようにしないと」と言ったことにヒントを得たものですが、「良い政府」も「悪い政府」も一部で、大部分は「どうでもいい政府」なのではないでしょうか。もちろん、そんな名前の政府があるわけではなく、政府の中は良い人も悪い人も一部、あとはどうでもいい、まあ仕事は増やしてほしくないという人だということです。

 「悪い政府」ならやっつければ良いわけですが、「どうでもいい政府」というのは本人たちが悪いことをしているという自覚もなく、かといって「何とかしたい」という意識を持っているわけでもないので、ある意味一番始末に困ります。

 もっとも、こんな状態は昔からあまり変わっていないのでしょうから、それを前提にやるしかありません。上が明確な指示を降ろせばお役所は動くわけで、その決断を政治がするかどうかだろうと思います。その政治を動かすのは世論です。

 私たちの政府とのスタンスは常に「建設的緊張関係」を基本にしていますが、その中では様々な政府関係者の皆さんと連携し、協力もし、私たちに対しても協力してもらっています。別に反政府運動でやっているわけではないので、これは当然のことだと思います。一方で、拉致問題が解決しない理由の大きなものは何十年も積もり積もってきた政府による隠蔽であり、その部分はどうしても打破していかなければなりません。これからもっと厳しく闘わなければならない局面も出てくることは間違いありませんが、「良い政府」の皆さん、共にがんばりましょう。

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2009年4月26日

新緑

Toden
 「新緑」というほどの写真ではありませんが、5月に鉄道写真を撮るのには特別の思いがあります。4年に1度の統一地方選挙でずっと休み無しの状態が続き、桜も何も見る余裕がなく、4月下旬の後半戦(市議選など)が終わって解放されるのがこの新緑の時期だからです。かつては突然緑が目に飛び込んでくるような感動を4年に1度味わっていました。

 今年のゴールデンウィークは長い割に個人的には何だかんだで結構時間がなく、いわんや一人で鉄道写真を撮りに出かけるのは無理ですが、出張のついでにでも何か写しておきたいとは思っています。(写真は都電荒川線、東池袋四丁目・都電雑司ヶ谷間。車両は9000系9002号)

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2009年4月21日

ポスター写真の間違いについて

Tohyama
 現在配布している調査会ポスターの中の遠山常子さん(昭和49年7月失踪)の写真が別人のものであったことが分かりました。お詫びして訂正いたします(この写真が正しい写真です)。

 写真が別人のものになったのは昨年4月に作成した第10版(左下に「Vol.10」と書かれているもの)のポスター以降で、それ以前に作ったポスターの写真は遠山さん本人の写真です。また、『消えた277人』(毎日ワンズ刊)では表紙の写真は本人の写真で本文中の写真は別の方のものになっています。調査会のホームページに掲載されている写真は本人のものです。

 誤って掲載したのはよく似た同級生の方の写真で、遠山さんと一緒に失踪した別の方のご家族からお預かりしたものでした。第10版のポスターでは掲載されている写真を可能な限り差し替えたのですが、その折今回の写真を使ってしまいました。遠山さんのご家族も疑問に感じながらそのままにしておられ、今回その方に直接会われて確認したとのことです。

 ポスターについてはとりあえず、国内での所在の確認された本多政幸さんの部分の修正とあわせてシールを作成しますの。大変お手数をおかけしますがご入り用の方は調査会までご連絡ください(無料でお送りします)。

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光射せ!

Hikarihyousi
北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会(三浦小太郎代表)の理論誌「光射せ!」第3号に書かせていただきました。調査会では岡田常務理事も寄稿しています。他の論文も力作ぞろいです。是非ご一読ください。内容、購入方法等詳しくは守る会のホームページをご覧ください。

http://hrnk.trycomp.net/hikarilist.php

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「田口八重子さん」

※昨日4月20日発行の調査会NEWS 771号に書いたものです。

 昨日牛久市で開催された集会で飯塚耕一郎さんと一緒になりました。

 ちょうど良い機会だと思ったので会が始まる前に耕一郎さんに「講演の中で実の母親に『田口八重子さん』という呼び方をする理由を話してよ。それ自体がこのことの問題を象徴するものだから」とお願いしました。

 というのは、私自身が何人かの人からそういう質問を受けていたからです。確かに事情が分からなければ不思議に思うかもしれません。耕一郎さんの話では先日の金賢姫さんとの面会の後の記者会見で「田口八重子さん」と言ったことがネット上で取り上げられ、かなり批判をされたとのことでした。

 講演の中で耕一郎さんが言ったのは、「自分は実の母親の記憶もないし、話したこともない。それなのに軽々に『お母さん』と言って美談のようにはしたくない。やがて会うことができたら、そのときには最初に『お母さん』と声をかけたい」ということでした。

 以下は私が本人に相談せずに書くことで、あくまで私の主観ですが、耕一郎さんが今、「田口八重子さん」と言う言い方をするのはもう一つの理由があるように思います。それは、彼の中で実感としての母は育ての母であり、飯塚繁雄・家族会代表の奥様である飯塚栄子さんだからではないかと思います。

 経緯は飯塚さんの著書『妹よ—北朝鮮に拉致された八重子救出をめざして』(日本テレビ放送網)に書かれていますので省略しますが、飯塚さんご夫妻にとって耕一郎さんを育て、守ることは並大抵の苦労ではなかったと思います。だからこそお二人と耕一郎さんの信頼関係は実の親子以上のものがあるのでしょう。

 やがて耕一郎さんが田口八重子さんに「お母さん」と声をかけられる時がきて、自分に惜しみなく愛情をかけて育ててくれたお母さんと、自分に会うことを何十年も待ち望んできたお母さんの二人がいることを幸せに思ってくれるようになることを切に望む次第です。

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2009年4月19日

憲法

 まあ、これはまだ頭の中がまとまっているわけではないのですが、今の憲法は言うまでもなく占領中に占領軍の命令によって作られたもので、それだけでも無効とは言えるでしょう。さらに、「9条の会」などの皆さんが守ろうとしている9条も、警察予備隊ができた昭和25年からもう破られているとも言えるわけで、海上保安庁の掃海部隊が朝鮮戦争にも参戦し、戦死者も出ていることを考えると、そもそも憲法を守るとか、憲法を変えるということにどれだけの意味があるのだろうかと思っています。

 いわゆる「護憲」の立場をとる人も、もはや「9条に違反するから自衛隊をなくせ」とは言いません。非武装中立など夢物語であることはとっくの昔に分かっています。しかし、9条を読めばどう考えても自衛隊は違憲です。違憲の自衛隊が憲法を守るというのも明らかな論理矛盾でしょう。もし、本当に憲法と現実を合わせようとするなら憲法を変えて軍隊の存在を認めるか、自衛隊をなくすしかないはずです。しかし今、どちらもできない状態で半世紀以上が過ぎています。それでできているなら憲法はどうでも良いとも言えるのではないでしょうか。

 そう考えると今の憲法は、「そういうものがある」という程度の認識をした上で、現実にどうすべきかということを考えて行動した方が良いように思います。改憲で膨大なエネルギーを使うより、「戦争に負けるとこういう憲法を押しつけられる」という、自戒の念を込めた無形文化財、あるいは「世界遺産」(そんなことを言っていた芸人がいましたが)のようなものとしてそのまま保存しておくのはどうでしょう。私の趣味で言えば、「廃線跡」歩きというのは一つのブームにもなっていますので。

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2009年4月17日

サングラスなしの金正日

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最近ときどきサングラスなしの写真が出るようになっていますが、これは改築された平壌大劇場を視察したときのもの。4月5日付「労働新聞」の写真です。もう1枚はサングラスをつけています。意外と(?)可愛らしい顔をしていますが、少なくとも独裁国家の指導者には見えません。

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2009年4月16日

戦略情報研究所講演会(喜田邦彦氏)

 次回の戦略情報研究所講演会は下記の通り開催されます。ふるってご参加下さい。

1、日程:5月15日(金)18:30~20:30

2、場所:UIゼンセン会館2階会議室(千代田区九段南4-8-16 tel03-3288-3549)
 ※市ケ谷駅下車3分 日本棋院斜向い

http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=35/41/14.758&el=139/44/23.929&scl=5000&bid=Mlink

3、講師:喜田邦彦氏(安全保障・危機管理学会主任研究官)

 昭和18年生まれ。防衛大学校第10期卒。第1空挺団、陸幕研究課・訓練課、第2師団第3部長、第4普通科連隊長、防衛研究所戦史部主任研究官などを歴任し、平成11年に1等陸佐で退官。第二次世界大戦前における欧米諸国の危機管理などをテーマ に研究

4、テーマ「『専守防衛』・・・フランスの敗北と日本の呪縛」

 第2次世界大戦においてドイツに緒戦なすすべなく敗れたフランス、その最大の原因は「専守防衛」にありました。テポドン騒ぎに揺れる日本との比較も含め、どうすれば私たちが自らの安全を守ることができるのかについてお話しいただきます。

5、参加費 2000円(戦略情報研究所会員は無料)。

6、参加申し込み 事前のお申し込みは不用です。そのまま会場においで下さい。

7、インターネット中継 地方在住の方等でご覧になれない方は(株)NetLiveのご厚意によりインターネットでの生中継を行います(18:30~19:30頃まで)のでそちらをご覧下さい。

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2009年4月 6日

日米同盟

 アメリカが助けてくれるという幻想はもうさすがに脱皮しないと。

 今オバマ大統領の頭の中は99パーセント内政、特に経済のことで一杯でしょう。残り1パーセントの半分以上はアフガンで、その残りの半分以上がイラクで、、その残りの一部が朝鮮半島だと思います。一方でヒラリーの頭の中で何パーセントか分かりませんが、その大部分はどうやって米朝国交正常化をやるかだと思います。

 アメリカが朝鮮半島に軍事力を行使する可能性は、もはやジンバブエがアイスランドに侵攻する可能性より低いのではないでしょうか、直接ミサイルでも撃ち込まれれば別ですが。もういい加減「自分でやらなければ」と心に決めるときではないかと思います。まだ分からないのなら、金正日に頼んでまたミサイルを撃ってもらいましょうか。

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2009年4月 4日

ミサイル

※本日4月4日付で発信した調査会NEWS 768号に書いたものです。

 午前10時ごろ「衛星打ち上げの準備が完了した。間もなく打ち上げる」と報じたとの朝鮮中央通信の報道(新華社が伝えたもの)を聞いたとき「何でそんな発表をするんだろうか」と思ったのですが、結局今日は発射しませんでした。別に予告などする必要はないのにわざわざ断るのは、内部に何かあるということでしょう。少なくとも天気のせいではないはずです。天気のせいなら撃たなかった理由を直ぐに発表するでしょうから。あるいは国際的な圧力を懸念して発射に反対している勢力があるのかも知れませんし、見えないところで中国あたりが圧力をかけたのかも知れません。

 いずれにしても、準備をしている以上こちらも対応はしなければなりませんが、今回のことは撃たなくても、演習だと思えば十分に意味はあります。北朝鮮のミサイルで日本に本当に脅威になるのはすでに実戦配備されているノドンであり、北朝鮮以外でも中国のミサイルは日本も標的になっているのですから、いずれにしてもミサイルに備えておく価値はあります。多少でも対応ができることを示すことで抑止効果も生まれます。

 ミサイル防衛は政府高官もつい本音を語ってしまったように、当たる確率はかなり低いと思います。こちらは「専守防衛」、野球なら延々と守りの側を続けているのと同じですから、どんなに守備が上手くても守り続ければかならずボロが出るでしょう。ミサイル防衛だけでミサイルから国土を守るのは不可能ですが、今回のように備えをしていけば、何が足らず、どうすべきか分かってくるはずです。

 先々週収録した 「しおかぜ」の朝鮮語放送では「撃つなら撃ちなさい、それが金正日政権崩壊のきっかけになるのだから」という趣旨のことを言いました。FAXでもそんなことを書いて送りました。自制を求めた日本政府とは反対にこちらは挑発したのですが、それが効いたかどうかは別にして、北朝鮮相手には「専守防衛」よりは「恫喝」の方が効果があるように思います。本当に政府に国民を守る気があるならば、ですが。

次の収録は月曜なので、何と言おうかなと考えています。

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