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2006年12月31日

五能線

 ふと目を覚ますと旅館の部屋の様子が変わっていた。何か全体がセピア色のようになっていて、障子に穴が空いている。
 それでもしばらくボーッとしていた。酔いが残っていたせいもあり、さっきストーブの上に置いたコーヒー缶が破裂したのだと気づくのには少々時間がかかった。

 独身時代、正月休みは元旦に初詣をして、年賀状を見てその夜から1人で旅に出るというのが恒例行事になっていた。行く先は大体雪の降っているところで、雪の中を走るローカル線の列車の写真を撮るのが最大の目的である。

 とは言っても、行く先を決めて出る訳ではなく、家を出て上野駅まで行く間にどこに行くか考えるといった行き当たりばったりの旅で、途中でも方向を変えたり気が向いたら列車を降りたりといった調子で仕事始めの前までの数日を楽しんでいた。

 奥羽本線の東能代から日本海沿いに走って同じく奥羽本線の川部に至るJR五能線に行ったのは15年以上前だったと思う。中程にある深浦という駅で降りて駅前の旅館を探した。幸い2軒目位で泊めてくれるところが見つかり、荷物を置いたが夕食はない。旅館を出て食堂を探した。人通りの少ない雪の港町を歩くのは何となく健さんの気分である。

 しばらく行くと寿司屋があった。何しろ漁港である。この寿司が美味かった。日本酒を2合ほどだったか飲んで、さらに健さん気分を高めて(?)宿に戻った。

 良い気持ちでごろんとすると、リュックの中に昼間買った缶コーヒーが残っているのに気づいた。部屋の暖房は今はあまり見られない、円柱形の石油ストーブである。「ちょっと暖めて飲もうか」と思い、その上に乗せた。そしてそのままいい気分になってまどろんでいき、気がついたら冒頭のシーンとなっていたのである。

 もうお分かりと思うが、缶の中のコーヒーが熱せられて膨張し、その圧力が高まって破裂したのである。まずストーブに接地している底の部分が外れ、ロケット噴射よろしく飛び出して、それが障子を突き破り、サッシの窓も割って外に飛び出たらしい(私はその現場は見ていない。おそらく爆発音で目が覚めたのだと思う)。もしこの「ロケット」が自分に向かって飛んでいたら私は大火傷を負っていたろう。

 旅館のご主人に訳を話したのだが、「缶コーヒーが破裂したんです」と言っても余り信じてはいないようだった。「飛行機が落ちたかと思った」と言っていたので相当凄い音ではあったようだ。翌朝宿の外に回ってみて「確かに缶が落ちていた」と言っていた。

 普通であれば、すぐに弁償を請求して追い出すのだろうが、そこは田舎の駅前旅館で、人が良いというか、別の部屋に移してくれた。あまり持ち合わせが無かったのと、部屋の修理代がいくらになるのか分からなかったので、免許証を置いて翌朝宿を辞した。後で届いた請求書は確か5万円になっていたと記憶している。それにしてもご主人からすれば、正月2日の夜に突然得体の知れない男が「泊めてくれ」と言ってやってきて、泊めてやったら部屋をめちゃくちゃにされたのだから、「今年は正月から縁起が悪い」と思ったのではないか。今考えても冷汗ものである。

 ところで、この五能線というのは沿線が北朝鮮工作員の侵入ポイントの多いところである。このブログをお読みの北朝鮮工作員の皆さんの中にも懐かしく思い出される(?)人がいるのではないか。もし今正月に不審な男がこのあたりで1人で泊まって夜中に爆発音を立て部屋を壊したら北朝鮮工作員と間違えられて警察を呼ばれてもおかしくないだろう。現在自分のやっていることと考えると不思議な因縁すら感じるのである。

 ともかく、缶コーヒーを温めるときは栓を開けるかお湯の中でやりましょう。

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