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2007年5月 7日

高知集会(19.4.28)

 以下は4月28日に高知市で開催された救う会高知の集会の報告です。三浦小太郎・守る会代表がまとめて下さいました。ご参考まで掲載します。

北朝鮮による拉致被害者と家族の人権を考える四国高知県民集会報告

 2007年4月28日、四国高知のモラロジー会館にて、北朝鮮による拉致被害者と家族の人権を考える県民集会」が開催された。この集会は主催が救う会高知、協賛はよど号グループに真相を究明する会。後援は、 高知県 高知市 高知新聞社 RKC高知放送 読売新聞・高知支局・毎日新聞・高知支局 KUTVテレビ高知 KSSさんさんテレビ等。
 集会は午後5時に開会、救う会四国の司会により、まず、家族会の横田拓也氏(横田めぐみさんの弟)が講演を行った。拓也氏はこの日、大丸で行われている横田めぐみさんの写真展に足を運び、署名運動も行った上での講演だった。

平凡な家庭が一夜にして悲劇に見舞われる
これは日本中誰にでも起こりうる悲劇だ(横田拓也氏講演1)

 横田拓也氏は、まず、本来家族会会長である横田滋氏、また母である横田早紀江さんが参加できればよかったのだが、特に父は昨年長年の疲労から大病を患い、既に無理が効かない体である事がお詫びと共に語られた。実のご子息から、この様な言葉が語られるとき、北朝鮮政府の非道と共に、これ以上個の被害者に犠牲と負担を強いることの残酷さと無念さを感じざるを得ない。

 拓也氏は落ち着いた語り口で、初めての訪問である高知で本日署名活動を訴えたが、そこでの暖かい高知市民の反応に力づけられたこと、勇気を戴いた事をまず礼を述べた。そして、実は今回、写真展を訪れたのは、拓也氏としては初めてだという。横田めぐみさんのドキュメンタリー映画や、番組なども、殆どみたことはない、いや、家族としては辛くて見られないのだと言う。しかし、本日足を運び、改めて、姉を思い、姉と他の被害者の救出の為に闘わねばならないと言う意識を新たにしたと語った。

 横田めぐみさんの写真展は、当たり前のことだが、全くごく普通の仲睦まじい一家の写真集である。カメラ好きの親を持った家ならば、どこにでもあるような家族写真だ。姉めぐみさんは、過程の仲でもいつも明るく話題の中心で、友人も多く、拓也氏が冗談交じりに弟をいじめたりしていると、それを窘めるような、本当に明るく普通の少女だったのだ。そのめぐみさんが、13歳の時拉致されてから、生死もわからず、北朝鮮に拉致された事が判明しても、2002年の小泉訪朝までは、拉致「疑惑」として扱われ、政治家もマスコミも充分な救出活動を行うことなく、家族会は闘い続けなければならなかったのだった。

 今、拉致問題については、確かに日本国民に理解も深まり、国際的な連帯もできるようになった。拓也氏は、安倍総理の誕生後、家族会の、そして拉致被害者救出を目指す国民の意志を、政府が明確に提示し、発言してくれていることを心から感謝し、安倍総理の対北外交を100%支持すると期待をこめて語った。

 拓也氏は、既に29年間、人生の三分の二を北朝鮮ですごさなければならない姉のことを思うと、自分自身の意識が確かに変わってきたことを感じるという。我々日本人は、空腹になれば冷蔵庫をあけ、コンビニに買いに行く生活、眠くなれば暖かい布団と家があり、朝起きれば何ら問題なく学校や会社に行く生活を、全く当たり前のよ
うに過ごしている。しかし、北朝鮮では、今食べるものがない、家が無い、寒くても暖を取ることもできない、ちょっと不用意な発言をすれば逮捕され処刑されるような国が日本のとなりにあり、しかも、そこにわが同胞が数十年に渡って囚われの身にあるような情況は、決して容認されてはならないし、国際社会の力を借りることは勿論だが、私たち日本国民の力で、日本国民の手によって、拉致被害者全員を助け出さなければならないと力強く語った。

 そして、拓也氏は、めぐみさんの遺骨だと言って、複数の人物の遺骨が混在した偽遺骨を差し出してきたのは、単に横田家への無礼ではなく、日本国そのものが侮辱され愚弄されているのだと静かなうちにも怒りを込めて語った。さらに、拉致はテロであり、このテロ事件が未解決であると言うことは、姉を初めとする判明している被害
者だけではなく、今現在、日本国民一人一人が、ある意味被害者になる、親族に被害者がいる危険性を完全には排除できないことを直視しなければならないはずだと、「今そこにある危機」を厳しく指摘した。そして、この闘いを通じ、自由や平和は、自分達が決意して闘い取らない限り決して保証されないことを学んだと述べた。

国民の声は政治家、官邸に届いている

救出運動に不可欠なのは一人一人の国民の声(横田拓也氏講演2)

 そして、4月26日付の産経新聞により、万景峰号が拉致被害者の運搬に使われていた事が報じられているのをみて「やはりそうだったのか」と思ったことを語り、めぐみさんは小型の工作船で拉致されたとは聞いていたが、もしかしたらあの万景峰号が利用されていたのではないかと以前から漠然と感じていたこと、たとえめぐみさんはそうではなくても、多くの拉致被害者が公然とあの船で拉致されていた可能性はあるのではないかと語り、余りにも無防備だった日本国のあり方、そして北朝鮮政府の主権侵害について、さらに厳しく再興すべきだと問題を提起した。

 今回、国民大集会の直前、安倍総理との昼食会に招かれた時に、拓也氏は、直接安倍総理に対し、北朝鮮にさらなる制裁装置を強化して欲しいことと、訪米時、アメリカが決してテロ国家認定から北朝鮮をはずさないように、総理の口から直接ブッシュ大統領に訴えて欲しいとお願いした。安倍総理は勿論これを前向きに受け止めてくれたが、横田氏は、最近のアメリカが北朝鮮にやや譲歩しているかに見える今、日本がもっともっと強く発言していかなければ、情勢は悪化すると言う危機感を感じていること、安倍総理には感謝しているが、一方、安倍総理に感謝しているからと言って、被害者も国民も運動家も発言を控えるのではなく、もっと問題や要請を投げかけ、さらに日本政府が具体的な措置を取るように求めていかなければならないと語った。

 拓也氏は、集会の場で、しばしば、一体何ができるのでしょう、と集会参加者にしばしば訪ねられるという。確かに、一人一人の国民に政治や外交の決定権があるわけではない。しかし、拓也氏は常に、この民主主義の国家では、北朝鮮と違い、一人一人の国民の声が集まればきっと力になること、一人一人の国民が、地元の議員、又警察当局、政府などに、メールでも、手紙でも、電話でも、どんな形でも声を届けていくことは可能であり、それは想像以上の力になるはずだと、被害者の立場でありながらむしろ参加者を励ましてくれた。拓也氏自身、この拉致問題が北朝鮮の犯罪であることが分かったときから、何度も何度もメールを首相官邸などに送り続けた。そして、安倍総理が官房副長官時代、家族会と面会した時に、横田拓也氏のメールは全て私が見ていましたと言ってきてくれたのだ。国民の声は、今反応がすぐにないように見えても、必ず届いている。だからこそ、日本政府を、国民一人一人が声を挙げることによって、バックアップし、励ますことができるはずだ、これが民主主義国家の国民の力であるはずだと拓也氏は語った。

 そして、拓也氏は、2002年9月小泉首相訪朝の際、拉致被害者達は、本当に日本政府が、ようやく、私たち全員を助けに来てくれたのだと感動し、期待して待っていたはずだと言う。しかし、小泉首相は、その日は、午後の会談をすることもなく、日本政府専用機は帰国してしまった。その時の被害者の気持ちは、本当に悲しみと怒りで、言葉で現すことができない想いで、泣きながら一夜を過ごしただろうと語った。常に冷静で論理的に語っていた拓也氏が、初めて怒りと感情を見せた瞬間だった。そして、政府が認定していない被害者は少なくとも100人はいると考えられる、この開場に約100人が参加しているとすれば、その人たち全てが自由を奪われている。政府の認定、未認定は本質的な問題ではなく、拉致被害者は全て救出されなければならないと横田氏は強調し、そのときが始めて解決と言えるのだと指摘した。最期に、拓也氏は参加してくださった全ての方々に、この集会のことを語って欲しい、救出への意志を広げて欲しいと講演を結んだ。

拉致被害者家族は監視されている
どこにでもいる国内協力者(荒木和博氏講演1)

 続いて、特定失踪者問題調査会の荒木和博代表が講演。

 荒木代表は、今日は拉致の全体像に対して話したいと講演を初め、その典型的な実例として、平成11年に四国を訪問したときの驚くべきエピソードを紹介した。

 当時、福留貴美子さんの母、信子さんが、簡単な病気で数日の入院をした事があった。その間、郵便物をとりあえず自宅近くの郵便局に止めて貰うよう頼んでから信子さんは入院したのだったが、入院の事実は、軽い病気でもあり、近所の方にも殆ど告げることなく入院した。

 ところが、退院後1ヶ月か2ヶ月後、その病院に、よど号グループから手紙が来たのだ。この時期、確かによど号グループは、福留信子さんに、貴美子さんの死を認めさせようと何度も接触してきて板敷きだった。しかし、この入院については、郵便局の人以外は誰も知らなかったはずなのに、病院によど号の手紙が届いたのだ。これは明らかに、信子さんの日常行動を、監視していた人物がここ高知にいたことを意味している。拉致被害者家族は、この様な日常的な監視に晒されているのだ。

 荒木代表は、失踪者の家庭に、失踪後不信な電話がかかってくることがしばしばあると指摘する。無言電話があれば、家族は普通、あわてて「●●君なのか、××さんなのか」と確かめようとする。これは、実家の様子を確認しようとする国内協力者の行動である可能性が高い。拉致について、しばしば誤ったイメージを持ちがちなのは、新潟、日本海側の海岸で偶然起こることのように考えがちだけれども、これは全くの間違いであり、失踪者リストを見ても、拉致の可能性が高い方は、内陸部にも太平洋側にも瀬戸内にも存在することが明らかになっている。拉致は、北朝鮮からやってきた工作員だけが行っているのではない。日本国内に北朝鮮の協力者がいて、拉致対象者を日常的に調査している。たとえば、50代の身寄りの無い男性を探せという指令が北朝鮮政府からくれば、在日朝鮮人のサラ金業者が、たとえば、自分の顧客の中で探してみたら、たまたま、三鷹市の市役所で警備員をしている久米裕という人がいた。その人を騙して、石川県まで連れて行って、工作船に引き渡す。確かに直接の拉致は石川県だけれども、この拉致事件の舞台は東京で起きている。これが拉致事件の分かり安い一例だと荒木代表は指摘した。

 そして、かなり以前、20年ほど前の経験として、荒木代表自身も、北朝鮮工作員と思しき人物に遭った事があるという。 新宿で、韓国語の店名のスナックを見つけ、当時はまだ珍しかったので入店してみた所、そのマスターが、「統一革命党」と印刷された名刺を差し出してきたのだ。勿論、こんなに簡単に自分の立場を明らかにするような人物が大物工作員のはずはないが、そのスナックのママは、大物であったと聞いている。

 もし、あの時に、自分一人しかおらず、又自分が拉致対象としてちょうどよいと思われたら、その店でお酒の中に睡眠薬でも入れられれば、拉致をするのは容易である。行方不明になって職場で訪ねられても、例えば何かささいなトラブルでもあれば、それでいなくなったのかもしれないと言うことにされかねない。拉致は、いかなる街中でも簡単に出来ることを忘れてはいけないと荒木氏は警告する。さらに具体的に説明すれば、出入り業者程度の知人に、偶然を装って道で呼びかけられ、そのまま急な仕事の話をするために事務所に誘われる。事務所のカーテン一つ閉めれば、そこでプロの工作員なら一撃で気絶させるくらいは簡単なことだ。後はそのまま、工作船や万景峰号に載せられれば誰にも分からないのだ。万景峰号だけではない、万景峰号を入港させて注意をひきつけ、他の港に例えば貨物船を着けて拉致被害者を運ぶこともありうる。

 北朝鮮と言う国には常識や論理を考えてはならないと荒木代表は言う。なぜ13歳の少女を拉致する必要があったのか、などと論理的に考えても答えは出てこない。北朝鮮のような国家にとって、拉致はごく当たり前のことで、韓国からは朝鮮戦争中に、8万3千人を超えた人間を拉致している。これは、自らの意志で北朝鮮に渡った人や、軍隊の捕虜を除いた数だ。戦争後は3700人を越える数百人の漁民が、拿捕の形で拉致されている。これが約500人で、その中には横田めぐみさんの夫、金英男さんも入っている。

 そして、香港から拉致された韓国人映画監督、申相玉の証言では、金正日は、北朝鮮の映画の水準が低いから、監督を拉致してきたのだ、と告げたという。映画の水準が低いから韓国から優れた監督を拉致してきて映画を作らせる、これが北朝鮮の特有の発想であり、ここから、偽札を作りたければ印刷技術者を連れてくる、と言う発想が生まれても何ら不思議ではなく、事実、失踪者リストによれば、七十年代、印刷関係の仕事をしていた被害者が何人もいる。これは、手嶋龍一氏の小説「ウルトラ・ダラー」でも、手嶋氏が別方面の情報源から明らかにしていることであり、失踪者の中の被害者で印刷工の日高さんという方は、平壌で目撃証言が確かに存在するのだ。荒木氏は、この証言者に直接会い、ほぼ確信を持ったと言う。他にも、看護士、電話交換手など、時期的、地域的にも特徴のある集団が集中して拉致されている傾向が見出せるのだ。荒木氏は、これが偶然とはとても思えず、何らかの目的がこの拉致の背後にあるはずだと語る。

 そして、北朝鮮が拉致をやめたと言う証拠は全くなく、この問題は今も尚危険が継続している。日本国は、長い海岸線を持っており、とても完全な防衛、警備は不可能であることを、荒木氏は僅か徳之島一つを防衛する為にも1万人以上の自衛隊が必要だと言う概算を例証した。さらに、一部保守派の言説の中に、憲法改正や集団的自衛権確立がなければこの問題は解決できないと言う趣旨のものがあるが、そのような議論をしていては、被害者、そして被害者ご家族は助ける前に皆寿命が尽きてしまうかもしれないと述べ、「今日生きている人が、明日生きていると言う保証はどこにもございません」と厳しく指摘、もし、今拉致されている人を救うことができなければ、全ての国民が、これから先拉致されるかもしれないのだと主張した。これを防ぐ為には、ただ一つしか方法はない、日本国民に手を出したら、日本国はどんな強硬手段に出るか分からないと北朝鮮政府に思わせることだけが、この先の拉致という国家犯罪、主権侵害を防止することができるのだ。これは北朝鮮問題だけではない、このような日本の強さ、覚悟を示さない限り、世界のどの国からも、日本国は不当な圧力を受け続ける可能性があるのだ。

 北朝鮮が、日本人拉致を認めたのは、日本外交の地道な努力によるものなどではないと荒木代表は断定する。被害者家族が、良心的なジャーナリストや運動家とともに立ち上がり、何年も地道な運動を続け、それが少しずつ世論を動かしたからこそ、5年前、政府は動かざるを得なくなり、金正日は拉致を認めざるを得なかったのだ。

拉致を許してきた日本国内の構造
北朝鮮の体制変更なくして拉致問題の解決なし(荒木和博氏講演2)

 荒木代表は先の拓也氏の、安倍総理を信頼しているが、さらに色々と呼びかけ、求めていかなければならないという発言を引用し、まさにその通りだと述べる。安倍総理は従来の内閣よりは遥かにこの拉致問題に関心を持ち、誠意を持って取り組んでいる。しかし、安倍総理個人に期待するだけでは、この問題の解決は難しい。従来、これだけの規模で拉致が行われてきたことに対し、日本政府は、これまでその実態を実は掴んでいた可能性があると荒木代表は指摘する。しかし、日本政府はそれをずっと隠してきたのではないか。

 ここで荒木代表は、よく言われる左派、親北派の政治家、社会党や自民党内の野中氏、金丸氏などが、この事実を隠蔽してきたと見るのは単純すぎると断定した。もし彼らのようなわかり安い親北派だけが拉致を隠蔽してきたとすれば、彼らの影響力が殆ど亡くなった今現在、拉致問題に関してはもっと様々な情報がもたらされ、救出が展開されてもおかしくない筈だ。これは、単に個々人の政治家や左派政党の問題ではなく、もっと巨大な、拉致を隠蔽するような構造がこの国にあるからこそ、この事態がそのまま続いているのだ。そして、荒木代表は、この構造の上に安倍政権が乗っかっている以上、今のままでは拉致問題の解決は難しいという。

 その証拠として、荒木代表は、現在、日本政府が発行している8ページの拉致問題についてのパンフレットを例に挙げた。その8ページには、「拉致問題について詳しくはこちらのホームページをご覧下さい」と言う形で、首相官邸のホームページアドレスが指示されている。荒木代表は、このような努力に一定の評価はするけれども、同時に、なぜ、「拉致問題について、知っていることがあったらここに送ってください」という情報提供のためのアドレスを着けて欲しかった、内閣府や警察宛でいいから、そうして欲しかったと、首相官邸を訪れた際申し上げたと言う。しかし答えは、そのような意見もあったけれども、議論の結果、そういう文言は入れないと言う結論になったというものだった。

 荒木代表は、もし調査会がこういうパンフレットを造るとなれば、どんな形でもいい、どんな小さな情報でもいいから、拉致被害者を救う為のものであれば提供してほしいと言う姿勢を示すだろうという。しかし、政府は膨大な予算をかけて、この様なパンフレットやコマーシャルを作りながら、情報を提供して欲しいとは一言も言わない。これは、安倍総理の意向ではなく、これまで拉致問題を隠蔽してきた構造の表れだと荒木代表は推測し、もしも、これだけの資金をもっと有効に活用すれば、北朝鮮国内の情報を入手する可能性はもっと遥かに多いはずだと断言する。

 しかし、これまで拉致被害者救出運動を国際的に展開してきたことにより、日本は例えば韓国の拉致被害者からは大変評価されている。韓国の国会で、被害者家族が、私は日本の国籍をもらいたいとまで語った人もいる。アメリカの友人も、日本政府が被害者を取り戻したことは高く評価している。6者協議の中でも、日本が強硬でぶれないことは、日本が拉致問題解決に本気なのだと言う意識を認めさせている。これは、荒木代表は今現在、北朝鮮には大きく効いている、北朝鮮政府は日本の対応にかなり怯えているはずだと力強く語った。
 そして、同時に、この対北朝鮮強硬外交は、今や日本が先頭に立つしかない。アメリカも最近腰が退けているし、韓国は頼りにならない。日本が先頭に立って、日本人拉致被害者だけではなく、他の国の拉致被害者も日本の力で取り返すんだ、そして北朝鮮2000万人の民衆も、日本の力で独裁政権から助け出すんだと言う意識を持たなければならないと荒木代表は主張する。

 これは勿論、普遍的な人権意識からの言葉でもあるが、同時に拉致被害者の多くは、身よりもなく、声を挙げてくれる家族も無い可能性が高く、警察のリストにも調査会のリストにもない人がたくさんいるはずであって、彼らを助け出すには、北朝鮮の現体制が変わって、北朝鮮にいる全ての被害者が、私が被害者です、帰りたいですという発言が自由に出来るようにしなければならないからであり、そのためには今の北朝鮮体制の変更は不可欠なのだと、全員救出のための覚悟を述べた。

 さらに言えば、拉致問題は国家主権侵害の問題である。一例を挙げれば、ここ高知県の海岸に、外国の軍隊が上陸し、100人の日本国民を人質に取ったとすれば、これは戦争になる。北朝鮮による拉致事件は、本質的にはこれと同じ構図のはずなのだと荒木氏は強調し、これは北朝鮮との闘いの中でしか奪還することはできない。

 荒木代表は、調査会としては、先に報じられたようなバルーンプロジェクトなど、北朝鮮に情報を入れ、また拉致問題の情報を求めるビラを北朝鮮国内に入れていることを報告し、さらに、この問題がある意味今述べたように、北朝鮮政府との「戦争」である以上、日本国の軍隊、現実には自衛隊が最期には動くしかないことは理の当然であること、憲法9条を理由にそのような発想を危険視する人もいるが、それならば、日本国憲法に明記された基本的人権を何十年も剥奪された拉致被害者の立場はどうなるのか、彼らを助けるために自衛隊を使えないと言うのでは、何のために自衛隊は存在しているのか、と言う問題点を提起して講演を結んだ。

信子さんの闘いを今こそ引き継ぐべき時

この後、救う会高知の上野氏を司会に、救う会神奈川代表の川添友幸、ジャーナリストの萩原遼、石高健次、高沢皓司、先に登壇した荒木和博各氏によるシンポジウムが行われた。この内容については、救う会高知から本日の段階では個人の録音は控えて欲しいとのお願いもあり、まだ現時点で発表すべきではない個人名、組織名などが多く含まれるので、私(三浦)の判断で、救う会高知が正式に発表もしくは許可するまで紹介は控えるのが筋であると判断し、割愛させていただく。
 ただ、ここでも何度も話題になったのは、日本国内にいる拉致協力者、北朝鮮協力者の存在である。その実例として、この集会自体も地方紙が充分に協力する姿勢が見られないことを初めとし、各組織、文化人、政党、マスコミにかなりの北朝鮮の工作が食い込んでいること、その究明をそれぞれの立場で行わなくてはならないことが何度も指摘された。そして、福留貴美子さんの母上信子さんが、よど号やそのシンパにより何度も、時には脅迫、時には懐柔の様々な声を浴びせられながらも、最期まで毅然として屈せず、娘の生存を信じ続けていたこと、横田家同様、娘の死亡を認める形で、孫に会う機会を与えようと取引を持ちかけられても、心中は辛かっただろうが、動揺の気配も見せず卑劣な申し出を拒否したことなどが救う会高知から報告された。信子さんが、殆どただ一人、当時は救う会という組織の支援もなく耐え抜いたことは敬服に値するとともに、この様な母の戦いに充分答えることができなかった日本国政府、各政党、マスコミ、そして私たち国民にも問われるべき責任は小さくないだろう。集会はシンポジウム終了後、横田めぐみさん、福留貴美子さんたち拉致被害者の全てを救出する為に各自が自分のできる範囲、分野で全力を尽くすことを決議して閉会した。

 この福留さん救出の為に必要なのは、私の考えではまず第一歩は貴美子さんの拉致認定であり、ユニバーサル・トレーデイングの捜査と同時に、総連、並びに協力組織の洗い出しである。今すぐにもできる手段の一つは、現在日本在住のよど号犯、又妻達の法廷や国会喚問などの手段をも通じて、福留貴美子さん事件の究明と、よど号犯犯罪の全貌を一刻も早く明らかにすることである。荒木氏の危惧する日本国内の拉致を隠蔽する構造に対し、このよど号犯事件究明の運動は必ず打撃を与え、その醜い姿を明らかにすることに繋がるはずだ。
(文責:集会参加者 三浦小太郎)

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