10.15の教訓
<これは調査会NEWS 535号(7月15日付)に書いたものです>
平成14(2002)年10月15日、蓮池薫さん・祐木子さん、地村保志さん・富貴恵さん、そして曽我ひとみさんの5人が24年ぶりに日本の土を踏みました。当時私は救う会全国協議会の事務局長で、羽田で特別機から下りてくる5人を下で迎えていました。
5人の姿を見たとき、私の脳裏をよぎったのは「なんだ、やればできるじゃないか」ということでした。大変お恥ずかしい話ですが、世論を動かし、その力で政府を動かせば拉致被害者を取り返せると考え、そう主張してきた自分でさえ、そのときになって「やればできる」と思ったのです。恐らく多くの方々は、あのとき「ああ、北朝鮮は本当に拉致をやっていたんだ」と、5人の姿を見て思われたでしょう。現実の持つ意味は何よりも大きいと感じました。
ところで、5人が帰国して、「日本で家族を待つ」と決めた後、日本政府は「5人の家族の帰国を最優先する」という方針を決めました。おそらく、5人に対してもそのようなことが伝えられ、彼らは1〜2週間で北朝鮮に戻るという、北朝鮮当局から言われていたことを無視する決断をしたのでしょう(これはあくまで私の推測に過ぎませんが)。
そして、私たちも、家族会の人たちもこの方針を了解しました。それは、もちろん子どもたちと引き離されているのを何とかしてあげたいということもありましたが、より大きな理由は「子どもたちが帰ってくれば彼らは他の拉致被害者のことも話してくれるだろう」という 期待からでした。
しかし、結果的には子どもたちが帰り、ジェンキンス氏が日本にやってきても5人は話しませんでした。逆にそれ以前より話さなくなったと言えるかも知れません。結果的には2年近く、期待し続けて待った人々の思いは裏切られたことになります。こんな言い方が5人に対して酷であることは十分に承知の上ですが、もし話せないなら(彼らは「全て話した」と言いたいかもしれませんが、そうでないことは誰でも分かっています)、5人の帰国後の方針は、存在を明らかにした以上危害を加えられる可能性の限りなく小さい彼らの家族の帰国よりも、より危険度の高い「北朝鮮が死亡とした8人及びそれ以外の全ての被害者の原状回復」が優先されるべきで、少なくとも両者を並行して行うことにはしておくべきでした。これは自分自身の反省でもあります。
5人の帰国後、マスコミの関心はほとんどが、帰国者の動向についてでした。「蓮池さん夫妻がどこに行った」、「地村さんが友人と会った」等々…。本当は最も重要なのはそこにいない人たち、まだ取り返していない人たちのことだったはずです。しかし、当然ながらマスコミは絵になるものを追いかけます。その結果他の人々については一時完全に忘れられたようになっていました。日本人も愚かではありませんから、多くの人はやがておかしいとは気づいてきたようですが、彼らが話さないということも含め、拉致問題全体の解決という意味では9.17以後の約3年にかなり時間の浪費があったとすら言えないことはありません。
このときのことを思い返し、私たちがしっかりと心にとめておくべきは、拉致被害者を帰国させることも含めて、北朝鮮はそれを情報戦、謀略戦の一環としてやってくるということです。そして、ときにはそれに日本政府が加担している場合もあります。目先のことに振り回されるのではなく、あくまで全ての被害者の原状回復という前提で、起きてくることを見る必要があると思います。
ご家族はもちろん、被害者の方々も高齢化されている方は少なくありません。この教訓を活用し、二度とロスのないようにしなければならないでしょう。
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