「生存者全員の帰国」
以下は今日(10月26日)発信した調査会NEWS 565号に「総理の家族会との面会について」と題して書いたものです。
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今日午後7時から福田康夫総理が家族会の皆さんと面会されるとのことです。
それ自体はもちろん結構なのですが、今回特定失踪者に関する配慮は全くなされないようで、私たちに対する事前の説明も呼びかけも一切ありませんでした。古川了子さんの拉致認定を求める訴訟のとき、被告である政府側は「未認定者を差別してはいない」という趣旨の発言を繰り返してきましたが、結局口だけだったということになります。
ところで、昨日は高村外相が記者会見で「(拉致被害者が)何人かでも帰国すれば進展であることは間違いない」「進展の度合いに応じて日朝関係の改善のために我々も行動を取っていくのは当然このことだ」「北朝鮮がすべてについて説明責任を明らかにし、生存者全員が帰国すれば、(拉致問題は)大部分が解決したということだ。真相究明や首謀者の糾弾は当然求めていくが、一番大きいのは生存者が全部帰国することだ」と語っています。
政府はたびたび(安倍政権当時も)「生存者全員の帰国」を強調しているのですが、この言葉にはレトリックがあります。「生存者全員が帰国」というのはそもそもどうやって確認するのかということです。
北朝鮮は政府認定者で未帰還の人の大部分が死亡していると言っています。たとえば、その内の何人かを「実は生きていました」と言って返してきたとしても「やはりこの人は死んでいました」という人はどうするのか。あるいは原敕晁さんや久米裕さんの事件で関係者が捕まっていなければ拉致自体が分からなかったような、人間関係の希薄な人を狙って拉致した場合、拉致が成功していれば、政府認定どころか、特定失踪者のリストにすら入っていない可能性があります。このような拉致被害者の場合、北朝鮮側が出してこない限り分かりません。もちろん、今の金正日体制がそんな「過剰サービス」をするはずもなく、「生存者全員の帰国」というのは、北朝鮮の体制を変えない限り絶対に実現できないことです。その点は総理のみならず、マスコミの皆さんも、国民の皆さんも十分に理解していただきたいと思います。
同様に「何人かの帰国で進展」というのは、本来外務大臣が言うべき言葉ではないと思います。拉致被害者の救出というのは会社と労働組合の賃金交渉ではないのです。いくらベースアップするかではない。工場で事故があって、何人かが危険な状態になれば、会社も組合もなく救出に全力を尽くすでしょう。どちらかと言えばそういう事態ではないでしょうか。外相が分からないで言っているのか、あるいは意図的にそう言っているのか分かりませんが、しっかりと本質を認識してもらいたいと切に希望します。
また、寺越昭二さん、外雄さん以外にも、あまり想像したくはないですが、拉致の過程ないし拉致されてから亡くなった方も当然おられると思います。私たちはやがてその重い現実に向き合わなければなりません。それらの方について、「亡くなっていました」で済ませることができるのか。拉致をした側の責任、そして防げなかった政府の責任は当然存在します。 「生存者全員が帰国」という言葉の裏にはその責任を回避しようという意図があることを絶対に忘れてはならないと思います。
さて、総理は今日、家族会の皆さんにどう説明するのでしょうか。
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