※以下は本日2月14日付で調査会NEWS 602号に書いたものです。
本書は最近出版されたもので、かつて北朝鮮の工作組織「洛東江」に所属した張龍雲氏(故人)と著者笹谷氏の交流を綴った小説調のノンフィクション、もしくはノンフィクション調の小説とも言えるものです。書かれていることが事実であればかなり衝撃的な内容なのですが、読んで色々検討した結果としては、残念ながら重要な部分にかなり作り話が入っていると言わざるを得ません。
特に問題なのは本書の山とも言える、病床の張龍雲氏が筆者に自分の関わった拉致の被害者の名前を告白するところです。ここには政府認定の拉致被害者の他に多数の特定失踪者の名前が出てきます。そしてそこには「この頃から、折りに触れて報道され、すぐに漢字体まで浮かぶこれら特定失踪者の実名」とまで書かれています。
しかし、前後の内容から時期を推定すると(文中には記載されていない)、この面会は平成13(2001)年のことと思われ、当時は調査会もなく、そもそも「特定失踪者」という言葉が存在しておらず、もちろん、リストの発表もしていないので「この頃から、折りに触れて報道され」ているはずはないのです。
しかも、この名前はすべて現在公開されている人ばかりで非公開の人は入っていません。また、 もし、張龍雲さんが本当に名前を挙げているなら、調査会の非公開リストの人の名前、あるいは調査会のリストにもない人の名前がはいっていなければならないはずです。文中には調査会のリストにない4人の男女の名前もありますが、これは私が救う会の事務局長当時、ある方面から得た情報で、氏名はあるが本人が特定できないため、名前を公開して調べたものです(報道関係の方々や警察なども色々調べてくれましたが、結局その4人には行き着いておらず、この情報自体も信憑性が疑われています)。
さらに、これは私自身が直接確認したわけではないのですが、もっと根本的な問題として、張龍雲さんの奥さんは当時つきっきりで看病していたとのことで、その間笹谷氏が病院を訪れたことはないと言っておられるそうです。
それ以外にも「洛東江」の活動に関する記述は張龍雲氏の著書『朝鮮総連工作員』(小学館文庫)に記載されていることなど、公表されている情報の域を出るものではなく、関係者が直接張氏から聞いた情報(他の洛東江メンバーや協力者の名前など)が出てこないのも極めて不自然です。私は出版社を通じて笹谷氏に一昨日(12日)質問を送りましたが、現時点(14日午前10時)で回答はなく、既に書店に並んでいる本でもあり、放っておけば混乱をきたすと憂慮し、ここにご報告する次第です。
本書の内容について、故人である張龍雲さんは当然ながら抗弁することはできません。そして、それだけにご家族の受けるダメージははかりしれないものがあると思います。もちろん、著者自身に最大の責任があることは言うまでもありませんが、PHP研究所はこれまで朝鮮半島関係の本なども多数出版しており、私たちとしても出版を通じた拉致問題、北朝鮮問題解決への貢献には今後も期待するものです。早急に事実関係を明らかにして対応されるよう期待します。
もちろん。すべての事実関係の確認ができない以上、現時点ではここに書いたことは突き詰めれば私荒木の推測でしかありません。もし私の指摘が誤っていれば、逆に私が著者や出版元に対して営業妨害、名誉毀損をしていることになります。そのリスクも覚悟しながら、迅速な見解表明が必要と考えここに発表した次第です。