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2008年5月14日

本日の集会レジメ

本日19:00からの特定失踪者問題調査会主催集会(市ヶ谷)で配布する私のお話のレジメです。
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今後の拉致被害者救出運動に関して

荒木和博

※以下の見解は特定失踪者問題調査会代表である荒木和博の個人としての見解である。組織としての議論、決定が必要な部分がある。

目標

 日本人拉致被害者全員の救出と、そのために必要不可欠である北朝鮮の自由化・民主化をめざす。

拉致事件の本質

 拉致は国家主権の侵害ー戦争ーであり、独裁国家北朝鮮で起きている各種の重大な人権侵害の一つである。この認識を政府・国会・そして国民が共有しなければならない。

政府に対する姿勢

 建設的緊張関係を維持し、是々非々の態度を貫く。また「北朝鮮自身が拉致問題の解決に向けて具体的な行動を取るよう求めていく」から「日本国政府の責務として拉致被害者を救出する」へと基本方針を変更するよう求める。そのためには自衛隊が様々な形で重要な役割を果たすことは必要不可欠であり、政治がその決断をするように促していく。

救出運動のあるべき姿

●9.17以前のように「北朝鮮は拉致をしていない」という勢力が存在していたときと異なり、拉致問題について一定の世論形成ができている現在、拉致被害者を救出すべきという点においては左右を問わず大きな違いは無い。ただし、それが強硬に取り返すか、あるいは話し合いで、国交正常化を通じて取り返すかの違いである。今「拉致はなかった」とか「拉致被害者は北朝鮮で死んでいくべきだ」などという人間はいないのであって、本音はともかく基本的には方法論の違いの範囲であると言える。

●したがって、現在望ましいのは運動の無理な一体化ではなく、多様性をフルに活かすころである。中央集権的な指示によるのではなく、最終的な方向に向かってそれぞれが活動しながら、可能な範囲で横の連携をとり、必要であれば共同行動を呼びかけていくことが望ましい。9.17のときも、拉致を許さないという世論があり、一方で国交正常化を目指した小泉総理・福田官房長官(当時)・田中均アジア大洋州局長のラインがあったから、結果的にではあるが北朝鮮側に拉致を認めさせ5人を取り返すことができた。前者が欠ければ拉致問題を棚上げにした国交正常化が行われていたろうし、後者がなければ北朝鮮は今も拉致を認めていなかったかもしれない。国民が拉致問題の本質をより理解し、その解決が自らの安全を守ることだと認識していればできるだけ様々な方法でアプローチすることにより画一的、硬直化した北朝鮮の体制にくさびを打ち込み拉致被害者救出を実現することができる。今は自由主義社会の優位性を徹底的に活用するときである。

●また、人権問題の視点からは他国の拉致被害者問題、政治犯収容所問題、脱北者問題などの問題に取り組む国内外のNGOとも積極的に連携するのは当然である。北朝鮮の独裁体制が転換され、民主化・自由化が行われることによってこそ北朝鮮が現在認めていない、あるいは私たちも知らない拉致事件の被害者が救出されるのであり、逆に言えば日本人拉致問題の解決は北朝鮮の人権問題解決の突破口になりうるのである。

いくつかの試み

情報共有と救出運動の効果を高めるためのネットワークづくり
 第2救う会的組織、あるいは調査会支部のような組織は作らない。調査会としては特定失踪者問題及び政府認定者も含めた拉致問題全般への理解を深め、救出運動をより効果あるものにするため、趣旨に賛同する団体同士で情報の共有をするためのゆるやかなネットワークをつくる。救う会全国協議会への加盟未加盟は関係ないし、全国協議会の活動を阻害するものでもない。調査会は加入組織に対して責任を負わず、相互には義務も責任も指示命令系統も存在しない。もちろん調査会の活動に反対してもまったく問題ない。会費は年間1万円程度を文書通信費としていただくのみとする。

可能な範囲での集会等の開催

 現在の調査活動に支障のない範囲で30人~50人程度の小規模な集会を開催する。これまで逐次開催している特定失踪者家族懇談会とも連動させた形とし、可能であれば特定失踪者家族支援委員会顧問になっている家族会メンバーにも参加していただき、政府認定者・未認定者の垣根のない集会、登壇者と参加者が直接触れあえる集会を開催し、草の根からの拉致問題への理解を深める努力をする。開催地はできるだけこれまで集会が行われたことのない地域を選ぶ。

財政基盤の強化

 政府と一定の距離を保って活動を続けるため、また情報収集をより大規模に行うため新たな財政基盤強化策を実施する。

11年間の活動を振り返って、新たな出発へ

 平成9(1997)年3月家族会が設立された。救出運動はそれより早く新潟で始まり全国に広がった。当時はまだ拉致「疑惑」であった。「北朝鮮は拉致などやっていない」というのは北朝鮮や朝鮮総聯のみならず日本人の中からも聞こえていた。そんな中で家族も、救出運動に携わる者も必死で訴え、署名を集め、集会を行った。その積み重ねが9.17で金正日が拉致を認め、5人を帰国させることとして結実した。拉致問題は確実に国民的課題となり、政府も簡単には引き下がれなくなった。

 しかし、私たちに慢心や甘えはなかっただろうか。時間の経過に鈍感になっていたことはなかったろうか。救出が実現できないないことを「一所懸命やっているのだから」と責任逃れはしていなかったろうか。自らの反省を込めて、今こそ初心に返り、そしてこの本質を見つめ、最も重要なことは何かを考えて行動しなければならないと思う。私自身について言えば、「一昨年(平成18年)中に拉致問題を解決する。それができなければ責任をとる」と公約し、その公約を果たせなかった。責任は必ず取らなければならないが、そのためにももう一度初心に返って再出発としたいと思うのである。

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