拉致問題の現在
※以下は表題のテーマアジア人権人道学会結成大会報告会(5月9日・明治大学)で私の発表したレジメに若干の肉付けをしたものです。調査会ニュース775号に掲載しました。
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1、拉致問題の二つの側面
拉致問題には(1)国家主権の侵害、(2)人権侵害、という二つの側面があります。ここで発表するのは(2)についてです。
2、人権侵害の側面からみた拉致
(1)北朝鮮当局・日本国内の工作員及び協力者による拉致被害者に対する人権侵害
これは通常言われていることですが、今回は別の視点から人権侵害としての拉致を見てみたいと思います。
(2)日本国政府による拉致被害者及び家族に対する人権侵害
その一つは政府が拉致を放置し、隠蔽することによる人権侵害です。
a)不作為による人権侵害
「努力していますが、結果が得られません」ということは責任を問われるべきではないのか。国民の基本的人権が侵されているのですから、救出できないことについても政府は責任を負うべきだと思います。発表の場では言いませんでしたが、岡田和典・調査会常務理事の言葉を借りれば「ヤルヤル詐欺」にあたるのではないでしょうか。
b)意図的な隠蔽による人権侵害
(例)飯倉公館事件(註1)・DNAデータ偽造疑惑事件(註2)
これは不作為よりさらに始末の悪い問題です。例に挙げた二つの事件(後に概略を解説)については現在見直しをしているのですが、金丸訪朝のとき、第18富士山丸の船長・機関長解放が一つの重要なテーマでした。これはあらためて見直すと、二人を取り戻すために北朝鮮と交渉したのではなく、北朝鮮と交渉するためのネタとして二人のことを使ったのではないかと思われます。同様小泉訪朝でも拉致は、それを解決するために行ったというより、日朝国交正常化をするために拉致問題を利用したのではないかとも考えられます。いうまでもなくこれらは政府による明確な人権侵害です。
(3)国民による拉致被害者及び家族に対する人権侵害
しかし、問題は政府にのみ押しつけられるものではありません。民主主義制度の中、政府は私たちが構成しているのですから、拉致問題が解決できないことについて、もちろん私も含めて、国民皆が不作為の人権侵害を犯しているとは言えないでしょうか。特に「まだよく分からないから何もしない」ということは果たしてどこまで許されるべきか。そうしているうちに収容所の中では人々が死んでいきます。その中には帰国者も、拉致被害者もいるかも知れません。「知らない」ということに何らかの責任が課される必要もあるのではないかと思います。
3、拉致問題に関しアジア人権人道学会に期待する今後の課題
(1)救出運動スタート、家族会結成からすでに12年余。時間の経過によって記録が散逸しつつあり、あらためてこの間(そしてそれ以前から)拉致問題について何が起こってきたのか、記録を残しておく必要性があります。
(2)多数の被害者がいると思われる在日朝鮮人拉致についての検証がなされていません。これも進めていかなければなりません。
(3)終戦時に北朝鮮に残った内地出身者(日系朝鮮人)の存在に関する検証もほとんど手つかずです。平壌だけで1000人位残ったと言われる人たちがどう処遇されたのか、拉致問題ともからめて考えていく必要があると思います。
(4)拉致問題の全体像に関する検証は、(1)とも関わりますが、まだ十分になされていません。個別の人権問題についての研究とともに、政治、外交の面を加味して全体像を見定めていく努力が必要であると思います。
(註1・飯倉公館事件)平成14(2002)年9月17日の第一次小泉訪朝時、政府が北朝鮮側から伝えられた情報の中で、未確認の死亡・生存の情報を確定情報として伝え、一方北朝鮮から伝えられていた「死亡」日付等をあえて知らせないことなどの情報操作によって拉致問題の終結を図ろうとした事件。(参考:荒木著『拉致 異常な国家の本質』勉誠出版)
(註2・DNAデータ偽造疑惑事件)昭和59(1984)年6月4日に山梨県甲府市で失踪した特定失踪者山本美保について、平成16(2004)年3月5日山梨県警が、失踪17日後に山形県遊佐町の海岸に漂着した身元不明遺体の骨髄と双子の妹の血液をDNA鑑定した結果一致し、従って遊佐町の遺体は山本美保であると発表した。しかし、後の調査で山本美保と遺体は体格、着衣、遺留品がことごとく相違し、なおかつ遺体の状況も失踪17日後とは考えられない状態であることが分かった。遺体が山本美保でないことは明白であり、それはDNA鑑定の書類が偽造されたものであることを意味する。当然このような措置が県警の判断でできるはずはなく、飯倉公館事件同様政権中枢による拉致問題終結のための情報操作であった疑いが持たれている。(参考:同上書)
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