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2010年10月27日

【調査会NEWS980】(22.10.27)常識

【調査会NEWS980】(22.10.27)

■常識
        荒木和博

 「山本美保さんに関わるDNAデータ偽造疑惑事件」では、警察の発表文書のままだとしても遺留品の写真を家族に見せる前に二度もDNA鑑定を行っています。

平成15年5月 科警研にDNA鑑定に出す
同年10月 科警研で結論が出なかったので名古屋大にDNA鑑定依頼
同年11月・16年1月 遺留品の写真を家族に見せる

 常識的にはこれだけ見てもおかしいと思うのが当然でしょう。普通の刑事事件でこんな捜査をしたら明らかに失格だと思うのですが。

 警察の発表(質問状への県警回答文)では平成15年4月26日、7月22日、11月7日に家族に山形の遺体のことを話していることになっています。家族は全く言われた記憶がありません。「行方不明のご家族の可能性がある遺体があり、DNA鑑定を行っています」と警察から言われて家族が忘れるかどうか、誰が考えても分かるでしょう。

 無理やり美保さんと山形の遺体をこじつけてしまったために、後の説明が支離滅裂になってくる。最初に嘘をつくと、次にはその嘘をごまかすためにさらに大きな嘘をつかなければならなくなる、という連鎖がここには見えてきます。

 69年前、ミッドウェー海戦で大敗北した海軍はその敗北を隠しました。このときは日本側の方が圧倒的な兵力だったのだから負けるはずがない。だから負けなかったことにしようという発想が、「航空母艦一隻喪失、同一隻大破、巡洋艦一隻大破」(実際は航空母艦四隻喪失、重巡洋艦一隻喪失、一隻大破、駆逐艦一隻中破)という大嘘につながりました。

 それまでは「大本営発表」も日本側の損害を比較的正確に発表していたそうですが、これがきっかけとなって嘘に嘘を塗り固めることとなり、最後は世界第2の海軍の大部分が海の底に沈み、都市がことごとく焦土となって敗戦を迎えます。

 この嘘を考えたのは当時日本でも最優秀の頭脳を持った海軍のエリート達でした。今、霞ヶ関や永田町でそういった間違いをしている人はいないでしょうか。

 そして、この事件以前の問題として、常識的に考えて、拉致被害者は取り返すのが当然でしょう。真相究明だ認定だというのは、救出という前提があり、そのための手段に過ぎないはずです。あるいは私たちも今の「非常識」な状態を認めてしまっているのかも知れませんが、もう一度原点に立ち返る必要があると思います。

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【調査会NEWS979】(22.10.26)訃報(古川了子さんの母朗子さん)

【調査会NEWS979】(22.10.26)

■訃報(古川了子さんの母朗子さん)

 昭和48(1973)年に千葉県市原市で失踪した古川了子(のりこ)さんのお母さん、古川朗子(さえこ)さんが昨日25日午前9時25分逝去されました。ここにご報告し、慎んでご冥福をお祈り申し上げます。
 お通夜・告別式は下記の通り執り行われます。

通夜   10月27日(水) 午後6:00~
告別式  同28日(木) 午前10:30~
会場は  千葉市中央区祐光2-1001-1
      ライフケア千葉会堂 (043-222-4444)
喪主   竹下珠路さん(長女)

 竹下さんからご連絡をいただいたメールには次のように書かれていました。

 「骨折入院から2か月余りの療養の末、体力の低下著しく、眠るように息を引き取りました。大変多くの皆さまにご支援いただきながら、頑張り切れなかったことがいちばん心残りとは思いますが、家族としては、『よくがんばってきたね。ごくろうさま』と声をかけてあげたいと思います。ご心配いただいた皆様に、心から感謝申し上げます」

 これまでご両親の世代は多くの方が亡くなってきました。これから、さらに増えるでしょう。しかし救出はおろか、認定もしない。下手をすればもみ消そうとすらしてしまう。皮肉ではなく、「粘り強く」という政府の決まり文句は北朝鮮に対してと言うより家族(認定者も含め)に対しての言葉ではないかと思います。

 少なくとも今認定できていない人について、後に拉致だと分かった場合、現在の担当者が責任を問われる位の仕組みは必要ではないでしょうか。また、現在の捜査→認定→話し合いというやり方も根本から見直すべきではないでしょうか。

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2010年10月26日

【調査会NEWS978】(22.10.24) 10・23集会へのご協力ありがとうございました

■10・23集会へのご協力ありがとうございました

                          特定失踪者問題調査会代表 荒木和博

 昨日の「北朝鮮による拉致被害者救出のための集い」開催にあたりましては、多数のご参加を賜り、本当にありがとうございました。石原都知事をはじめ東京都の皆様、古賀会長をはじめ都議会拉致議連の皆様には共催にあたり大変なご尽力をいただきました。またお忙しい中ご挨拶をいただいた平沼拉致議連会長、西岡救う会会長にも御礼申し上げます。

 今回特定失踪者の67家族と家族会4家族、合計71家族(若干漏れがあるかも知れませんが)120人余の方々が壇上に上がりお訴えをされました(一部非公開の方を除く)。家族会の飯塚代表には来賓としてもご挨拶いただきましたが、認定者と未認定者の家族がこれだけ多数、一同に会して訴える機会はおそらく最初で最後になると思います。先ほどご家族の訴えの写真を見ていてお一人おひとりのご様子が蘇ってまいりました。

 また、今回は協力団体ということで、29団体のご参加をいただき、運営、広報、参加者動員等様々なご協力をいただきました。夜通し車を飛ばしてやってきて下さった方々、体調が悪かったりお忙しいのに無理をして参加して下さった方々、全国各地から本当にありがとうございました。それ以外にも私たちの見えないところで多くの方が献身的に行動して下さっています。この場をお借りして御礼申し上げます。

 反省点は山ほどありますが、この集会はただ一回のものですので、「うまくいかなかったことは次にやれば良い」ということにはなりません。ご参加いただいた方々はご家族の声を一人でも多くの周囲の方にお伝えいただきたくお願い申しあげます。今後ご家族の声は「しおかぜ」で北朝鮮に流すとともにDVDを作成してより多くの方に見ていただく予定です。あらためてご協力をお願いします。

 なお、ご報告ですが、この集会の前日に行われた調査会の理事会で真鍋貞樹副代表が調査会を離れることになりました。また本日24日付でしおかぜネットワークからワシントンDCらち連絡会(浅野泉代表)が退会されました。

 真鍋前副代表はご存じの通り平成15年1月、調査会設立以来のメンバーでこの間多数の失踪者ご家族に会い国内外の関連地域を調査し、関係機関とも連携しながら様々な活動をしてきました。今回方法論の違いから調査会を離れることになりましたが、拉致問題を解決しようという思いに変わるところはありません。また、ワシントンDCらち連絡会もこれまで熱心に活動してこられましたし、今後も同様であると思います。

 あのような体制の国家に奪われた国民を取り返すのですから、どう取り返すかという方法において違いが出るのは当然です。活動の中では様々な葛藤も生じます。しかし登り方は異なっても最終的に目指す山頂が同じであれば良いと考える次第です。

 もちろん私自身も反省すべき点は反省しなければなりませんが、今後も葛藤を恐れずに取り組んで参ります。何卒よろしくお願い申しあげます。

 重ねて今回の集会へのご協力に感謝申しあげ、御礼とさせていただきます。


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2010年10月10日

劉暁波氏の平和賞受賞

 ノーベル平和賞というのは金大中が授賞したり、いかがわしいものというイメージがあったのですが、今回のは心から祝える平和賞です。私より一つ年上ですが、「しおかぜ」に登場して下さった魏京生氏は「反体制派の主流ではなく、政府に妥協的な態度を取ってきた」と批判し、平和賞は投獄中の人権活動家の胡佳氏や高智晟氏のような人物に授与すべきだと語った」とのこと。詳しいことは分かりませんが、魏氏自身もノーベル平和賞を授賞して良い人物だとは思います。

 しかし、「政府に妥協的な態度」と言われる劉暁波氏でも投獄され、ノーベル賞が決まれば国内で一切の報道を禁じるばかりかノルウェーに外交的圧力をかける中国というのは怒りを通り越して呆れてしまいます。その国が生殺与奪の権を握る北朝鮮の運命や如何に、と思わざるを得ません。

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