大躍進
中国の「大躍進」政策と言えば、1950年代終わりから60年代初めにかけて数千万の死者を出した、文字通りの「人災」として知られている。かつて丁抒著の『人禍 1958~1962 餓死者二〇〇〇万人の狂気』(学陽書房)という本を読んで衝撃を受けた記憶があったが、先日草思社から出たフランク・ディケーター著『毛沢東の大飢饉』(中川治子訳)という本はそれに輪をかけて衝撃的だった。
この本では中国政府や地方機関の文書をもとにして餓死・病死など大躍進が理由で死に至った人の数を少なくとも4500万人としている。北朝鮮の人口の倍、韓国の人口に匹敵する人が死んでいったことになる。そこに出てくる中国全土を覆った悲惨な状況は読んでいく程に気が滅入る内容である。いわゆる「南京大虐殺」など、仮に中国の言っていることがすべて事実だったとしても大躍進の中国の状況からすれば、その「一点景」程度にしかならないと感じた。逆に言えば日本の責任を強調するのは中国共産党が自らの汚点を何とかして消してしまいたいということなのだろう。
しかも恐ろしいのは大躍進(と文化大革命)が独裁者毛沢東の虚栄心や思い込み、権力への執着などによって引き起こされたということだ。共産主義というのはありもしないユートピアが出来ることを前提にしたもので、そのためにはいかなる手段も合理化されるということになるのだが、実際には人間の持っている恨みとか妬みという感情や破壊への衝動を合理化するだけで、全てを破滅に導く思想(あるいは宗教)である。
毛沢東は大躍進の失敗によって一度は引き下がるが、再度文化大革命によって権力を奪い取る。大躍進と文化大革命は中国の昔からの農村社会、共同体を根こそぎ破壊し、計り知れない被害を与えた。本来中国を支えるべき知識人や官僚などの多くが失われ、その後の後遺症は今も続いている。大躍進政策に反対し、後に粛清される彭徳懐ら、少なくとも毛沢東よりははるかにまともだったと思える共産党の幹部もそこには入っている。
この残虐な破壊は毛沢東という男と、その下にいた数多くの「ミニ毛沢東」の仕業である。国民党政権も腐敗していたが、共産党に対する厳しい弾圧というのは、後にその共産党が政権をとって大躍進や文革を引き起こしたことを考えれば大枠で正しかったのではないかと思う。そして、様々な理由はあるにせよわが国が国民党との戦いを避けるか、始めたとしても早期に収拾できていれば国民党が共産党に負けることもなく、大躍進の悲劇は起きていなかったのではないかと悔やまれるのである。ついでに言えば、それが実現していれば敗残兵となった国民党が台湾で引き起こした「2・28事件」もなかったろう。
この大躍進と文化大革命を何十年も続けているような国を研究対象としている者としても、示唆を受けることは多かった。
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