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2011年12月16日

訃報(山下春夫さん兄・山下寛久さん)

【調査会NEWS1105】(23.12.16)

■訃報
                            荒木和博

  昭和49(1974)年8月福井県小浜市で失踪した特定失踪者山下春夫さんのお兄さん、山下寛久さんが去る13日心不全で逝去されました。

 はちまき姿で巻物のようにした手紙を読まれる姿を覚えておられる方もいると思います。最近は体調を崩されご家族のおられる北海道で療養されていましたが、薬石効なく旅立って行かれました。慎んでご報告申し上げ、ご冥福をお祈り申し上げます。密葬は北海道で昨日15日執り行われ、年明け1月中旬に小浜にて本葬が行われる予定とのことです。

 去る11月4日、第3回の1万キロ現地調査の折山下春夫さんの失踪関連現場にも足を運びました。現場の状況について議論しながら「何度もここには寛久さんと来たけれど、北海道ではもう出てくるのは無理だなあ」と思っていましたが、それにしても突然でした。最近ご家族の訃報を聞くと残念を通り越してぞっとするような感覚を覚えます。

 山下寛久さんの思いをもう一度お伝えするため、2年前の平成21年7月1日、当時の河村官房長官に手渡された要望書(7月14日付調査会NEWS810号に掲載、一部名前を伏せてあります)を再度掲載します。なお、寛久さんご自身はこのときも体調を崩されており、当日の要請には参加できませんでした。
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 ◎要望書

 日頃は、ご公務におかれまして拉致被害者関連に対し格別のご配慮を賜り厚く御礼申し上げます。現在、福井県嶺南地区には北朝鮮による拉致の可能性が高い特定失踪者が3名います。その中に、私の弟山下春夫(やましたはるお)がいます。

 山下春夫の失踪当時の状況につきまして簡単ではありますが報告をさせていただきます。

本籍地 福井県小浜市(以下省略)
現状所 福井県小浜市(以下省略)
生年月日 1946年(昭和21年)3月25日生

 昭和49年8月17日、小浜ドック造船会社前の堤防へ夜釣りに出かけました。そのまま行方不明となりました。

 失踪当時、現場には靴が残されてバラバラになっていました。誰かと争った形跡が考えられます。会社と釣りの現場は直線で約70メートルの距離です。

 春夫は、田鳥の海育ちであり水死する様な男ではありません。

 当時、春夫は寮を住居とし四国からの5名の方々と一緒に勤務をしていました。

 春夫の勤務状況につきまして、当時の●●さんに伺いました。

 「春夫さんは、仕事にも慣れ船大工として山脇宏社長(故人)から一目おかれて、彼自身の船への執着心が強く社内でも評判でした。

 ある日の事でしたが、『見慣れない男が貴方の会社でプラスチック船の修理の上手な職人はいますか?』と伺って来た事を社長が聞きました。

 社長も北に拉致されたに間違いないと言っておられました」

 春夫が失踪する2ヶ月前(1974年6月)に、高敬美さん・高剛さんが岡津海岸から北朝鮮に送り出されています。春夫の失踪現場から車で15分程の場所です。この事件に春夫も関連していると思われます。

 私は春夫が拉致されたと確信致しております。

 私には時間がありません。 精神的・体力的にももう限界です。一刻も早い日本政府の徹底した再調査をして頂き誠意ある対応を心からお願い申し上げます。

平成21年7月1日

        山下寛久

内閣官房長官 河村建夫殿

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