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2012年12月31日

調査会は10年を迎えます

【調査会NEWS1286】(24.12.31)

 1月10日で特定失踪者問題調査会は設立10年を迎えます。救出運動が始まったのがその6年前ですが、設立当時まさか10年も続けることになるとは思っていませんでした。この間誰も取り返せなかったこと、お詫び申し上げます。

 最近同じ会場で何年かぶりにお話しをする機会がたびたびあり、講演しているときはもちろん一所懸命話すのですが、終わってから「前に来たときと何も変わっていない」という虚脱感にとらわれます。毎年、年の初めには「今年こそは」と言いながら年末を迎えてしまう、来年もそうならないだろうかという恐怖感のようなものすら感じます。

 10年を迎える1月10日には一つのけじめとして記者会見等を行う予定ですが、これは10年間結果を出せなかったことの反省に立ってのものです。年明けできるだけ早くに総理・担当大臣と特定失踪者家族の面会を申し入れ、また警察による捜査→内閣による認定→外務省による交渉という現在の構造を変えるように努力してまいります。もともと嫌われてはいますが、さらに嫌われても来年の年末に同じ思いをしなくてすむように頑張ります。あらためてよろしくお願い申しあげます。

 本年1年お世話になりましたことを御礼申し上げます。皆様良いお年をお迎え下さい。

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2012年12月30日

警察の特定失踪者リスト

【調査会NEWS1285】(24.12.30)

 すでに報道されているように、救う会徳島の陶久敏郎代表が行っていた情報開示請求に対し、警察庁は北朝鮮に拉致された可能性が排除できないとして、全国の都道府県警が捜査、調査している失踪者が11月1日現在で868人に上ると回答しました(開示の日付は12月6日)。これまでは家族から拉致ではないかと問合せが行われた総数が約900人といった発表でしたが、県ごとの数を含め1桁まで明らかにしたのは画期的なことだと思います。

 正直なところ、私自身警察庁が県別の数字まで入れた情報開示を行うとは思っていませんでした。衆議院選挙の公示2日後の日付なので公開しても選挙のニュースで消されると思ったのかも知れませんし、また安倍政権になる可能性が高いとみてのことでもあったでしょうが、いずれにしても陶久さんの執念の結果とも言えるものです。

 調査会としても先日の要望書で「警察的な証拠主義による認定ができないならば一つの方策として政府自らが北朝鮮による拉致の可能性が排除出来ない失踪者(「特定失踪者」という名称にはこだわらない)のリストを発表していただくよう求めます」と書いています。警察には今回発表した868人のうち、調査会の0番代リストのように、家族が公開を希望する場合は氏名を公開して情報の収集にあたるよう求めていくつもりです。

 ところで、この868人と、調査会の特定失踪者リスト470人の関係についての質問を受けましたので、ちょっと説明しておきます。

 警察の開示文書だけでは分かりませんが、おそらくこの868人の大部分は警察に「うちの家族も拉致されたのではないか」という問合せが行われた人だろうと思います。調査会のリストも公開者のほぼ全てと、非公開者の半数程度はご家族からのお問い合わせがあったケースです。非公開リストの残りは私たちが独自に情報を入手したか、何人かで失踪していて、うち1人の家族が調査会にしているケースなどです。したがって調査会のリストの470人のうちかなりの数は警察の868人と重なっていると思います。ちなみに一般的には「特定失踪者は470人」と言っていますが、正確に説明するときは「特定失踪者問題調査会にあるリストは約470人」としています。

 私たちのような民間団体よりは警察の方が当然信頼性はあるでしょうし、組織力も人員も比べものになりませんから、人数の差はその違いだと思います。しかし一方で身寄りのない、あるいは縁故の薄い人を拉致した場合(政府認定者で言えば久米裕さん、田中実さん、原敕晁さん)、成功していれば誰も家族は名乗り出ないはずであり、そのようなケースは調査会の470人にも、警察の868人にも入っていないと思います。また、拉致であっても家族が失踪を周囲に隠している場合もあり、これも数に含まれません。

 また、被害者の中にはある程度自分の意志で北朝鮮に入ったケースもあります(ヨーロッパ拉致の政府認定者有本さん、松木さん、石岡さんなど)。これが3人のように単に騙されたのか、ある程度北朝鮮にシンパシーを感じて入ったのかによって拉致かどうかは微妙になります。

 さらに、北朝鮮の中でも様々な機関が拉致を行っていると推測され、時間的にも半世紀以上続いているわけですから、おそらく拉致被害者の総数は金正恩も含め誰にも分からないはずです。全ての拉致被害者を取り返すためには北朝鮮の独裁体制が倒され、被害者が自由に声を上げられるようにならなければならないということです。その意味では人数の問題はあまり厳密に考えず、ともかく認定被害者より遥かに多い数が拉致されており、全ての救出は単なる交渉だけでは実現しないということをご理解いただきたく思います。

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2012年12月29日

DNAデータの開示について

【調査会NEWS1284】(24.12.29)

 報道されているように最高裁の司法研修所は12月26日、DNA型鑑定などの刑事裁判での取り扱いをまとめた司法研究報告書を発表しました。そこではDNA鑑定が正しく行われることが重要であるとしており、科学的証拠の信頼性を検証する上で、弁護人へ関連データを開示することも求めています。

 去る6月1日に開かれた衆議院拉致特委で山本美保さんにかかわるDNA型鑑定書開示問題について、今回拉致問題担当相に就任した古屋圭司議員は刑事訴訟法第47条の例外規定を示し開示可能ではないかといった趣旨の質問をしています。

 これに対する西村泰彦警察庁警備局長の答弁は「山梨県警察におきましては、刑事訴訟法47条の趣旨が、捜査、裁判に対する不当な影響を引き起こすことを防止することにあるとされていることなどに鑑みまして、DNA型鑑定書の公開をこれまで行ってこなかったところであります」という意味不明のものでした(鑑定書を公開して何の不当な影響が引き起こされるのか全く説明がない)。

 今日、安倍総理、古屋大臣はじめ関係閣僚は家族会の皆さんと面会しました。席上古屋大臣は「自分が最後の拉致担当大臣になる意気込みで完全解決に取り組む」と発言しておられます。山本美保さんのDNAデータ偽造事件については隠蔽しているのが警察庁であり、それを監督する国家公安委員長の兼務となれば簡単なことではないでしょうが、ぜひその意気込みでこの問題も解決していただきたいと思います。

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2012年12月28日

私に対する裁判について

 特定失踪者問題調査会のメールニュースに私が書いた文章によって著書がベストセラーを逃したとして著者が私及び私の勤務する拓殖大学の役員を業務妨害などで訴えていた裁判について、去る12月20日大阪高裁は原告の主張のうち私の名誉毀損のみを認め、100万円を支払えという判決を下しました。
 原告は笹谷洋一氏、問題となった書籍は『招魂の海』(PHP研究所刊)です。本件は一審の神戸地裁では棄却になっており、今回の判決には全く納得できません。直ちに上告及び上告受理申立を行いました。すでに一部報道もされているため、とりあえずこちらの方針を明確にしておきたく、お知らせいたします。
 なお、本件訴訟は私に対するものであり、訴訟費用には調査会の資金は一切使用致しません。この点誤解なきようお願い申しあげる次第です。

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2012年12月25日

要請文書

【調査会NEWS1283】(24.12.25)

 明日26日の首班指名を経て第2次安倍内閣が発足します。すでに古屋圭司・拉致議連幹事長が拉致問題担当大臣に内定していますが、組閣に先立ち本日古屋事務所に代表荒木名の要請事項メモを届けました。就任前ですし、直接要請するのは年明けになると思いますが、時間が切迫していることもあり、可能なことはできるだけ早くやっていく予定です。

(要請文書 日付は12月27日付です)

         新政権出発にあたって

 拉致被害者の救出はその立場を越えて一刻も早く解決すべき課題です。今回の総選挙においても与野党の党首がともにブルーリボンバッジを着けていたことはその一つの象徴でもあります。

 新たな政権の出発にあたって、総理、担当大臣はじめ政府関係者、与野党国会議員の皆様には拉致問題がすでに一刻の猶予もできない状況であることをご理解いただきたく思います。私たちは次の諸点について早急な対応をお願いする次第です。

1、特定失踪者家族との面会について

 すでに特定失踪者家族は高齢化された方が多く、集会への参加さえ難しい方が増えています。切実な思いをお聞きいただきたく、有志のご家族と総理・担当大臣との面会をぜひ早急に実現していただきたくお願い申しあげます。

2、基本的枠組みについて

(1)枠組みの再構築

 現在の①警察による捜査→②内閣による支援法を根拠とした拉致認定→③外務省の交渉、という基本的な枠組みはこの10年間ほとんど効果を挙げていません。今次政権交代をきっかけに一旦白紙にして再構築されるよう希望します。

(2)政府による特定失踪者リストの発表

 帰国した拉致被害者の支援を目的とした支援法で北朝鮮が存在すら認めていない拉致被害者の認定を行うことは無理があります。また警察が漆間巌長官当時から主張している3要件は、この10年間に僅か2人しか拉致認定がなされていない(高姉弟の警察断定を入れても4人)という現実からして、拉致問題解決には妨げになっていると言わざるをえません。警察的な証拠主義による認定ができないならば一つの方策として政府自らが北朝鮮による拉致の可能性が排除出来ない失踪者(「特定失踪者」という名称にはこだわらない)のリストを発表していただくよう求めます。

(3)防衛省・自衛隊の活用について

 上記枠組みの問題について現在拉致被害者の救出にはほとんど防衛省・自衛隊が関与していません。すべての可能性を考えたとき、情報収集や非常時の邦人保護等、積極的に活用すべきなのは当然です。新たな枠組みの中で明確な位置づけをされるよう望みます。その第一歩として外部及び自衛隊内部に対する広報啓発活動として護衛艦・自衛隊機・車両等にブルーリボンのマークを掲示されるよう要望します。

3、しおかぜの中波送信実施について

 調査会では現在1日2時間の短波での送信を行っている「しおかぜ」をより多くの人に聞けるようにするため、中波放送での送信可能性を模索しています。政府・国会としても積極的に協力をいただきたくお願い申しあげます。

4、山本美保さんに関わるDNAデータ偽造事件の真相究明について

 本件は現在日弁連への人権救済申立が行われ、審査中ですが、警察の発表に重大な矛盾があり、拉致問題を隠蔽しようとするものであることは明らかです。本件は拉致問題全体に関わることであり、新政権には一刻も早くこの問題の真相究明を実現していただきたくお願い申し上げます。

    平成24年12月27日
       特定失踪者問題調査会代表 荒木和博

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「労働新聞」投書欄(続き)

 12月10日に労働新聞の投書欄について書いたところ、前にも「読者の手紙」欄があったという御指摘をいただきました。2008年に「一つの大家庭」と題して价川市前津洞70人民班の崔ゲハクさんの投書が掲載されたそうです。

 翻訳をいただいたものによれば、崔さんは機動芸術扇動隊員、つまり農村や作業場で音楽を奏でて士気を鼓舞するあの人たちの一人でした。お母さんが難病で寝たきりになり心配のあまり仕事もできなくなったのですが工場の同僚たちが皆で助けてくれてお母さんも治り、自分も仕事ができるようになったということでした。

 最後に「今日も私は、国中をこうした仲の良い大家庭、同志的な愛の美しい花園に咲かせて下さり、育てて下さる敬愛する将軍に対する尽きることのない感謝の気持ちを抱いて声の限りに歌います。幸福なわが国は一つの大家庭と!」で終わっています。自分自身は記憶になかったので見落としたのでしょうが、どうしてこういう欄がときどき出てくるのか、ちょっと気になります。もしどなたかお気づきの点がありましたらご教示いただけると幸いです。

 ところで、脱北者の人がよく言いますが、北朝鮮の厳しい状況でも助け合ったり分かち合ったりということはあるそうです。その部分では日本に来ても(おそらく韓国でも同様でしょうが)社会が冷たく感じられるとのこと。

 人を密告したり裏切ったりしなければ生きていけない世の中でも、人間の本性としての情は消えないのだと思います。私たちは拉致や収容所をはじめとする人権侵害、主権侵害への怒りは足りず、一方で北朝鮮の民衆も一切合切悪人であるかのように決めつけてしまいがちです。運動に関わっているものとして自分自身が自らを戒めなければならないと思っています。

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2012年12月20日

タイミング

【調査会NEWS1282】(24.12.20)

 9月16日、衆院選の投票日に和歌山県警科学捜査研究所の男性主任研究員によるデータ捏造事件の捜査結果が発表されました。県警によれば研究員は平成22年5月から今年1月にかけ交通事故や無理心中など6つの事件の捜査で、繊維や塗膜片の鑑定結果を上司に報告する際、一部に過去の鑑定データを流用し所長決裁を受けた疑いが持たれています。この6月にも、別の事件の鑑定結果を文書で関係警察署に報告する際、所長公印を無断で使用した疑いもあるとのこと。

 県警は過去の事件についてもさかのぼって捜査し、研究員が関わった約8千の事件を調べ、うち19事件にデータ流用の疑いがあったが、いずれも時効が成立していたという発表です。

 この事件には二つのポイントがあります。

 一つは科捜研の職員がデータの捏造をしたということ。いうまでもなく山本美保さんに関わるDNAデータ偽造事件とダブって見えます。DNA鑑定結果だけで山形の身元不明遺体が山本美保さんだと言っている警察の主張の根拠はこの事件があったことだけで不十分であったのは明らかです。もし、鑑定結果が正しいというならそれを公に開示し、同時にそれ以外のデータについても一致していることを証明しなければならならないはずです。

 もう一つ、発表のタイミングです。報道は一部が16日夕方、それ以外は17日ですので、警察は17日解禁ということで16日に流していたのではないかと思います。16日は言うまでもなく選挙の投票日、翌日、翌々日のニュースはほとんど選挙がらみになり、一般ニュースが流れる量は極めて少なくなります。自分のところの不祥事なのでそれにぶつけて発表したのでしょう。

 この話を聞いて思いだしたのが平成17年4月25日のことです。この日は福知山線の脱線事故の日でした。そして同じ日に警察庁は田中実さんの失踪を北朝鮮による拉致であると正式に断定して発表しました。

 同じ兵庫県の事件だったこともあり、一番関心を持っていた兵庫のマスコミはすべて脱線事故の取材に入ってしまい、田中実拉致についてはほとんど報道されませんでした。まあ最初から分かっていた12月16日と異なり福知山線の事故は事前には分からなかったのですから状況証拠もありません(実際警察庁の担当者は「偶然重なっただけで事前に準備していた」と言っていました)が、本当に政府が胸を張って拉致認定できると思っているなら日にちを延ばしてでも大きく扱われるときにするのではないでしょうか。

 これから認定をすれば「なぜこれまでしなかったのですか」「この人が認定ならあの人もそうではないのですか」と言われるのが嫌でできるだけ認定をせず、するときも他のニュースに紛れ込ませるというのが構造的にそうなっているなら、その構造を変えることが必要でしょう。来週できる新政権には、この「タイミング」でぜひそれを実現してもらいたいと思います。 

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22日国際講座「大統領選挙結果と今後の韓国」

http://www.takushoku-u.ac.jp/extension/intl_situation.html

 明後日、大学の公開講座でお話しします。年末のせわしいときですが、ご関心のある方はおいで下さい。

 当選した朴槿恵さんの父・朴正煕元大統領は満州国の軍官学校予科から日本の陸軍士官学校本科に留学しており、陸士では57期生相当、私の父と同期になります。面識はないそうですが、満軍出身者は軍服が違うのですぐ分かったとのこと。

 そんなことで子供のときから父親に「韓国の大統領が同期生だ」と聞かされ、大学の卒論では朴正煕のことをやりました。何年か前にソウルで朴槿恵さんに会ったとき、「お父様と父が同期生です」と言ったら驚いていました。

 朴正煕という人は韓国の左翼から執拗に攻撃されていますが別に親日というわけではなく、士官学校時代朝鮮出身の生徒だけの集まりでは「独立しなければいけない」と熱弁を振るっていたそうです。本人は極めてリアリストで、独立の(それができなければ朝鮮人の立場を少しでも高める)ためには力をつけなければならないというのが軍人になった理由だと思いますし、大統領になってから国内の猛反対を押し切って日韓国交正常化を実現したのも韓国が生き残るために日本と手を組まなければならないということでした。

 最後には側近に暗殺されるわけですが、その壮絶な生き様は自分自身にとっても様々な教訓を与えてくれており、最も尊敬する人(日本人も含めて)はと聞かれれば、躊躇なく朴正煕と答えています。

 朴槿恵さんの5年は韓国にとって経済も対北政策も非常に難しい時代です。日韓の間もこれまで誤魔化し続けてきた歴史問題がもう避けて通れないところまで来ています。父親が大統領に就任してからちょうど50年後に大統領になる彼女が、韓国の新しい時代を築いてくれることを期待しているところです。

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2012年12月19日

非公開失踪者所在確認

【調査会NEWS1281】(24.12.19)

 昭和50年に近畿地方で失踪した非公開の特定失踪者の男性(当時20代)が国内で所在確認されました。非公開の方ですのでこれ以上の情報は出せませんが、警察等関係各方面のご尽力に感謝申しあげます。

 なお、非公開の特定失踪者は「約200」名としていますので、人数に関しては特に変化はありません(ホームページの「非公開の消息確認者」は26名が27名になります)。

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2012年12月17日

本当の闘い

【調査会NEWS1270】(24.12.17)

 総選挙の開票、最終結果はまだですが大勢は決したようです。調査会の役員では三宅博・常務理事が当選しました(比例近畿・維新)。調査会としての選挙運動はしていませんが、ご支援いただいた皆様に御礼申し上げます。

 さて、選挙が終わってみれば今年も残り半月です。結果的に今年も誰一人取り返すことができないままに終わろうとしています。当選された方、特に拉致問題にこれまで取り組んできた方にはぜひ今日から、そのことを心に銘じて活動していただきたいと思います。私もかつて政治の世界にいた人間なので、選挙の厳しさ、当選の喜びも落選のつらさも多少は分かっているつもりですが、拉致問題のみならず日本のおかれた状況はそのような余韻にひたっている場合ではありません。

 自民党が圧勝したので、あえて申し上げたいのですが、拉致問題をこれまで何十年にもわたって放置してきたのは自民党政権です。金丸訪朝団も、北朝鮮への大規模コメ支援も、飯倉公館事件も山本美保さんに関わるDNAデータ偽造事件も皆自民党政権時代のことです。救出運動をやってきた人(認定未認定を問わずご家族も)は今回政権交代に期待している人も多く、私自身もがんばってもらいたいとは思うのですが、根本的な問題から眼を逸らしては元の木阿弥になりかねません。

 本当の闘いはこれからです。何十年も続いてきた拉致問題隠蔽の構造を今回の政権交代で根本的に建て直してもらいたいと切に希望します。もちろん人任せにするのではなく、こちらが主体的に努力することがその前提であることは言うまでもありませんが。

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2012年12月14日

情報の収集に努める

【調査会NEWS1268】(24.12.14)

 今回のミサイル騒ぎでもそうですが、何かあるたびに政府首脳が発する言葉が「情報の収集に努める」です。

 ミサイル発射の兆候があれば「情報の収集に努める」、発射間近と言われれば「情報の収集に努める」。発射されれば「情報の収集に努める」。「で、どうするんだ?」と聞かれても「厳格に対処する」とか、「国際社会と連携して」とか、抽象的な言葉ばかり。情報を収集するというなら、日本の大部分を射程に収める弾道ミサイルはすでに実戦配備されており、その情報はもう十分に収集されているはずです。国民にとっては「で、どうするんだ?」の方が大事だと思いますが、どうするのでしょう。ミサイルが日本の国土に落ちても「情報の収集に努める」ではたまりません。

 ところで、今日金正恩の直筆でミサイル発射を命じた書類が公開されました。報道された金日成広場での集会でも金正恩が命じたことが強調されていましたが、何か不自然な気がします。しかもこの集会には金正恩自身は参加していません。

 遅らせると見せかけておいて意表を突いて発射したということで大騒ぎにはなっているのですが、本当に「見せかけ」たのでしょうか。「12月25日に発射する」という情報も流れていたようで、8日の「一連の事情が生じ」という延期を示唆したような宇宙空間技術委員会報道官の発表も単に国際社会を欺こうとしたものなのか。私には何らかの内部の葛藤があったとしか思えません。

 いずれにしても、本気でミサイルや核開発を止めようと思うなら、「情報の収集に努め」てばかりいないで、具体的に日本政府として何をするかを考えるべきでしょう。情報収集も明確な目的がなければただの「物知り」を増やすだけのことです。

 いざ何かをしなければならないというときになって憲法がどうの自衛隊法がどうのと言って逃げているのは許されません。北朝鮮の中に葛藤があるなら(ないはずはないので)、日本の主体的努力でそれを広げてこちらに有利に持ってくることがより大事だと思います。

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隼CHANNEL第5回、第6回アップロード

【調査会NEWS12687】(24.12.14)

 戦略情報研究所の情報配信「隼CHANNEL」では11月のジュネーブでの活動と昨年9月の秋田・青森現地調査についての報告をアップロードしました。(株)NetLiveのホームページの下記のところから入れますのでぜひご覧下さい。

http://www.netlive.ne.jp/archive/SII/index.html

第5回:ジュネーブ活動報告・現地調査スイス編(約30分)

第6回:1万キロ現地調査 秋田・青森編(約20分)

 (株)NetLiveのご厚意で設けさせていただいているこのサイトには過去の調査会記者会見、戦略情報研究所の講演会などの画像もアップロードされています。資料的価値もありますのでぜひご利用下さい。

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2012年12月13日

チャンネル桜でお話ししました

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2012年12月12日

ミサイル

【調査会NEWS1267】(24.12.12)

「北朝鮮のミサイル発射に調査会としての対応は?」と聞かれて、「うちにミサイルがあるならこっちからも撃つんですが…」と答えました。

 不謹慎かもしれませんが、今大騒ぎしているミサイルはもともと日本向けではなく、日本向けのものはとっくに実戦配備されているのですから、これで大騒ぎしても「なんだかなあ」という感じです。それなら今ある脅威を正面から受け止めることの方が必要でしょう。

 今ミサイルを撃っても、北朝鮮にとって状況が良くなるとは思えません。支援をしようとしている国もその手が遠くなり、面子を潰された中国もますます冷たくなるでしょう。大学の授業でもたびたび学生から「なぜ北朝鮮はこんな得になるとも思えないことをやるのか」と度々質問されますが、おそらく世界中がそう思っているはずです。

 もちろん、米国まで届く核ミサイルを持って抑止力を確保し、体制を維持する、あわよくば南を呑み込むというのが北朝鮮の究極の目標です。従って基本的にはそれに沿っての行動ではあるのですが、今回の発射しようとしてからの動きはあまり統一的な方針のもとに行われているような感じがしません。やはり金正恩体制内部の葛藤が何らかの形で反映して、権力を維持するために撃たざるを得なくなったというのが本質ではないでしょうか。だとすればこれがさらに権力の弱体化につながる可能性もあるということです。

 ところで先日初めて労働新聞に「読者の手紙」なる欄を見つけました。これについては自分のブログでもちょっと書きましたが、お時間のある方は投書でもしてみたらどうでしょう。あと、北朝鮮からの外国語放送「朝鮮の声」にはE-mailアドレスがあることがわかりました。メールが届かないという話もありますが、届くようであればそちらに声を伝えてみるのも良いかも知れません(VOK@star-co.net.kp)。まあ、あの国には「ミサイルならミサイル」の方がコミュニケーションとしてはうまくいきそうな気がするのですが。

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2012年12月10日

労働新聞の読者欄

 11月26日付朝鮮労働党機関紙「労働新聞」4面に「読者の手紙」欄が掲載されました。タイトルは「我々の保険制度が一番です」で、内容は次のようなものです。
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 私が金日成総合大学平壌医大病院四肢整形外科に入院したのは今年の初めでした。
 正直なところ病院に入院しながら病気を治すことができるかという心配もなくはありませんでしたが、これは無駄な考えでした。
 科長先生と担当医師、担当看護員をはじめ科の全ての医療イルクンたちは私の健康を回復させるため寝ることも忘れたかのように血のにじむ努力を傾けました。
 私が手術を受けて回復治療中、ひどいショック状態に陥り生命の危機が迫ったときにはひと月近くも私の側を離れずに熱い誠を捧げてくれました。肉親でもこれ以上はできなかったでしょう。
 8歳の時母を失った私は彼らの熱い血肉の情に目頭を厚くしました。こうして私はありがたいわが国社会主義保険制度の恵沢によって一銭も出すことなく健康を回復し再び革命の哨所に立つことになりました。資本主義制度では本当に想像もできないことでした。
 私は病院を出て強盛国家建設のための誇り高い闘争に智恵と熱情を捧げる決心を強く固めました。
 本当にわが国社会主義保険制度が一番です。
                金星トラクター工場副支配人 金リョンス
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 薬を買って持って行かないと診察してもらえないという北朝鮮の一般の病院から考えると天国のようなところですが、仮に上の「投書」が本当だったとしても病院の医師や看護師が一所懸命やったということであって、保険制度とはあまり関係ないような気がします。

 そういうツッコミはともかく私の記憶が正しければ「労働新聞」に投書欄が儲けられたのは少なくとも最近ではこれが初めてです。愛読者である私もぜひ今度投書してみようと思います。

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2012年12月 7日

認定

【調査会NEWS1265】(24.12.7)

 選挙の真っ最中ですが、それが終わった後、変わるであろう枠組みの中で、拉致問題への対応も変えなければなりません。その一つが「拉致認定」の問題です。

 平成18(2006)年11月30日、漆間巌・警察庁長官(当時)は記者会見の中で同月20日拉致認定された松本京子さんについて「認定が遅かったとの批判があるが、昭和52年(1977年)に警察は拉致を知る状況になかった。小泉総理の訪朝で拉致問題は大きく変わり、情報が入るようになった。遅いといわれれば遅いが、世の中の事情があった」と語っています。

 昭和52年に拉致を知る状況になかったというのは嘘でしょう。日本の警察の能力はいくらなんでもそれほどひどいわけではありません。もし本当であったとしたらそれはそれで責任問題のはずです。しかし漆間長官は責任をとるどころかこの記者会見の2年後には官房副長官にまで登用されています。

 ところで松本京子さんについては平成12(2000)年11月1日に金子善次郎衆議院議員によって提出された質問主意書の中で次のように質問が行われています。

 「昭和56年(荒木註・これは私が金子議員に情報提供した折に間違えたもので、実際は昭和52年)10月21日に鳥取県米子市和田町3309番地居住の松本京子氏が失踪した事件に関し、これまで警察庁が朝鮮民主主義人民共和国による拉致の疑いのある失踪事件を各県警にリストアップするよう指示した際、本件が疑惑事件の一つとして挙げられたことは確認されているが、本件について、政府は朝鮮民主主義人民共和国との関連をどう認識しているか」

 これに対して12月5日付で政府より届けられた答弁書には次のように書かれています。

 「御指摘の失踪者は、昭和52年10月21日、自宅から外出したまま消息を絶ち、その後、現在まで行方不明となっているものと承知している。本事案については、鳥取県警察において、家出人捜索願を受理し、所要の調査を実施したが、北朝鮮に拉致されたと疑わせる状況等はなかったものと承知している」

 平成12年というのは救出運動が始まってすでに3年、大韓航空機爆破事件で警察が「李恩恵」に該当する全国の失踪女性(その中には当然松本京子さんも含まれていたはずです)を調べてから10年以上が経過しています。この答弁書も、もし本当だったとすればそれから認定まで8年間かかった理由の説明が必要ですし、このとき分かっていて隠していたのならそれも重大な問題です。しかし、そういうことに関しては何の説明もありません。

 特定失踪者ご家族の多くは政府による拉致認定を望んでいます。常日頃接しているものとしてその気持ちは痛いほど分かるのですが、このようなことを考えると、いったい認定というのがどれほどの意味を持つのか、認定のためにエネルギーを裂くことが果たして正しいのか、疑問を禁じ得ません。これも個々の担当者の問題というより構造的な問題であり(トップにいる人は責任があるでしょうが)、この選挙後には構造を変える努力が必要だと思います。

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2012年12月 5日

拉致被害者救出の構造的な問題について

【調査会NEWS1264】(24.12.5)

 間もなく北朝鮮人権週間です。この時期はイベントが各地で開催され、私も特に週末は結構あちこちに行っています。最近では自治体による啓発行事が年々増えており、それ自体進歩であることは間違いないのですが、イベントはそれをやるために大変な労力を要するので、逆にイベントが目的化してしまうこともあります。この点は各地でご尽力いただく方々というより、出向く私たちが注意しなければならないことです。

 ところで、救出運動が始まってからほぼ16年が経過しました。今年こそはということで、家族会・救う会では「勝負の年」と位置づけ、私たちも今年中に一歩でも進展を、と思いながら今の所結果につなげられないでいます。

 その意味では私たち自身も活動の内容を常に見直して、より効果があるようにしなければならないのですが、ちょうど選挙をやっているところですし、政府の体制について、あらためて根本的な問題点を書いておきたいと思います。

 現在政府の拉致被害者帰国(救出、ではなく)への枠組みは、
0000200002
 というのがその基本になっています。しかし、特定失踪者の場合ほとんどが長期間を経過しています(通常の事件なら5年も経過すれば相当な長期でしょう)。証拠等の問題や漆間警察庁長官当時の「三原則」に足が縛られ、結局小泉訪朝で北朝鮮が拉致を認めたとき以後、政府による拉致認定は2人のみに留まっているのが現状です。

 そして認定しても「解決済み」と言っている北朝鮮に対して話し合いをするだけですから当然結果は出てきません。9・17のときは様々な国内外及び北朝鮮の要因が良い方に作用した訳ですが、今後もそれを待っていたら問題は何時まで経っても解決しません。1人や2人幸運に帰ってくることがあっても大部分は事実上の見殺しでしょう(被害者や家族が皆死んでしまうことが「解決」だというなら別ですが)。

 ならばこの15年間、特に小泉訪朝以後の10年間、結果を出せていないこの構造は根本的に見直すべきではないでしょうか。選挙では拉致問題に言及する候補者は僅かですし、また、「やりますか」と聞かれればほとんどの候補は「一所懸命やります」と答えるでしょうから差別化のしようがありません。選挙後もまた政界再編が続いていく可能性があります。本気の議員が10人もいれば国は動かせます。「やります」だけではなく、どうやるかについて語る候補者が一人でも増え、そしてそれをバッジを着けた後で必ず実現してもらいたいと思う次第です。

 この問題については今後も時折書いていきたいと思います。

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