« 特定失踪者リスト公開(0番台リスト・第47次) | トップページ | 特定失踪者家族と大臣の面会 »

2013年1月27日

アルジェリア事件と飯倉公館事件

【調査会NEWS1299】(25.1.27)

 アルジェリアで亡くなられた方々のご遺体と生存者の方々が政府専用機で帰国したシーンは日本中の方が見ていたと思います。そして氏名の発表、この様子を見ていてふと11年前の光景がフラッシュバックしました。

 今回政府は亡くなられた方々とそのご家族に配慮して、政府専用機で遺体が日本に戻り、ご家族と対面されるまで氏名を公開しませんでした。一部マスコミは報道しましたが、政府が発表するまで多くのマスコミも自粛していました。細かいことは分かりませんが、私はこの対応は正しかったと思います。

 しかし、その様子を見ながら平成14年9月17日、小泉訪朝の日のこと、いわゆる「飯倉公館事件」が頭に浮かんだのです。あのときは家族会の方々と救う会の佐藤会長(当時)と事務局長だった私、拉致議連の自民党役員3人がバスで外務省の飯倉公館に事実上軟禁状態になり、マスコミや他の人々から切り離された状態で「亡くなりました」「生存しています」という宣告を受けたのです。

 そしてその一方でテレビには「蓮池薫さん生存」「横田めぐみさん死亡」といった報道が、選挙の開票速報のようにして流れていました。北朝鮮がそう言ってきたというだけで、何の確認もしていなかったのに、です。ちなみに、今日川口での集会でお会いした家族会の飯塚代表は小泉訪朝当時は家族会に入っていなかったので飯倉公館には来ておらず、携帯に外務省から「お気の毒ですが田口八重子さんは亡くなっています」と極めて事務的な電話がかかってきただけだったそうです。

 この違いは何だったのか。政府として当然やるべき対応は今回のような慎重の上にも慎重を期すものだったはずです。北朝鮮が死亡と言っても確認できないなら家族に伝えることはもちろん、マスコミが断定的に報道することを押さえるべきでしたし、それは決して難しくはないはずです。私たちが何も外に意思表示を出来ない状態のときに一気に報道させ、既成事実化しようとしたのは、単なるミスで流れてしまったというのではなく、意図的なリークであり、拉致問題をこれで終わらせようという積極的な行為だったということです。それをやったのが日本政府だったことを忘れてはなりません。

 同様のやり口は山本美保さんに関わるDNAデータ偽造事件でも使われています。今回の事件での政府の対応を見ていて、国家権力というものの恐ろしさと、私たちがそこから目を離してはいけないということを痛感しました。

|

« 特定失踪者リスト公開(0番台リスト・第47次) | トップページ | 特定失踪者家族と大臣の面会 »