「なぜ助けに行かぬ」
【調査会NEWS1424】(25.10.27)
新撰組にそう言われたらどう応えるでしょう。
拉致問題をテーマにした演劇「めぐみへの誓い」をプロデュースした野伏翔さんの映画「飛び出せ新撰組」の中に出てくるセリフです。新撰組のミュージカルを演じようとする劇団の中にタイムスリップした本物の新撰組が繰り広げるお話しですが、その中で拉致の話になって沖田総司が現代人の主人公に言う言葉がこれです。
私は「飛び出せ新撰組」は2回演劇で見たのですが、そのときもこの言葉を聞くと何とも言えない思いにとらわれました。偉そうなことを言っていても、結局はそれができるかできないかにかかっているのではないかということです。
総聯中央会館売却の話をめぐり様々な話が出ています。これに限らず拉致被害者の帰国に関してはこれまで様々な情報がありました。「100人飛行機に乗せて北京に送る」とか「家族と一緒に万景峰号で返す」とか、私に聞こえてきたそんな話だけでも一つや二つではないのですから、この間どれだけ沢山の話が出ていたのか想像もつきません。
その多くは詐欺まがいの話だったと思います。しかし最初は怪しげな話でも進展すれば本物に辿り着く可能性のある話もあったようです。もともと詐欺師と暴力団を一緒にしたような政権ですから(そう言うと詐欺師と暴力団に失礼かも知れませんが)、話が怪しげなものばかりになるのも当然とは言えるでしょう。
私はそんな話であっても、5人が帰国して以来11年間何も進展していないという現状では、あえて手を突っ込んで結果を出すべきだと思っています(これについては1420号のニュースでも書いた通りです)。しかし、それで全ての被害者が取り返せるわけではありません。最終的にはあの体制が変わらなければ全ての人を取り返すことはできませんし、それ以前でも結局は日本人が乗り込んで取り返す以外の方法はありません。韓国にも米国にもそれを任せることはできません。
安倍総理は自分の任期中に拉致問題を解決すると繰り返し発言しています。その気持ちには期待しますが、今やっていることの延長で拉致問題の解決はあり得ません。放っておけば歴代政権(自民党・民主党を問わず)の「ヤルヤル詐欺」と同じことになってしまいます。総理自身が政治生命をかける、場合によっては物理的生命をかける覚悟がなければこの問題の「解決」には至らないと思います(総理が数人の帰国をもって「解決」と認識しているなら別ですが)。
根本は「なぜ助けに行かぬ」という、根本的な問いかけにどう答えるかではないでしょうか。それが私自身にも突き付けられた言葉であることは明らかですが。
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