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2013年12月31日

公開銃殺

【調査会NEWS1460】(25.12.31)

 さすがにこういう話題は三が日はしにくいので年が変わる前に。

 張成沢の公開銃殺で、あらためて北朝鮮という国の異常性がクローズアップされましたが、北朝鮮において公開銃殺というのは特に珍しいことではありません。

 昔、脱北者の方と一緒に集会に出たとき、「公開銃殺を見たことがありますか?」と聞いたらポカーンとしていました。見たことがないのではなく、日常的に見ていたので、「なぜそんな当たり前のことを聞くのか」という反応だったのです。確かに脱北者の体験記を読むとその多くに公開銃殺の話が出てきます。

 先日、北朝鮮政治犯収容所で生まれ唯一完全統制区域から脱出した申東赫(シン・ドンヒョク)氏の映画「北朝鮮強制収容所に生まれて」の試写会を見てきました。この映画は来年公開される予定ですが、見ていて頭を抱えたのは、彼の置かれていた状況が私たちの状況と余りにも違い過ぎて、どれだけの人が理解できるだろうかということでした。

 11年前の10月15日、蓮池さんたち5人が羽田空港で専用機のタラップから降りてきたとき、下で彼らを見ていた私は「やればできるんだ」と思いました。救出ができると思っているから運動をやってきた自分ですが、それでもふとそんなことを思ってしまったのです。現実の持つ意味は大きいのだなと実感しました。しかし、現実を目の当たりにするのは結果が出たときです。それまでは自らの信ずるところにしたがってやるしかありません。

 日常的に公開銃殺が行われており、権力中枢にいた人間すらその対象になる北朝鮮という異常な国家の中に拉致被害者がいます。そこから「全ての」拉致被害者を取り返すということは、こちらも覚悟をしていなければなりません。私自身も来年こそはしっかりと覚悟をもって望みたいと思います。

 皆様良いお年をお迎え下さい。来年もよろしくお願い申しあげます。

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2013年12月30日

1万キロ現地調査第20回は愛媛・高知

【調査会NEWS1459】(25.12.30)

第19回を鹿児島県種子島・屋久島で1月29〜30日に行うことは既にお知らせしましたが、第20回は愛媛県・高知県について3月27〜27日に行います。詳細は追ってお知らせします。これで本州・北海道・九州・四国すべてに足を伸ばしたことになります。

 1万キロ現地調査も3年目に入りますが回れば回るほど色々なことが出てきます。ふざけているように思われるでしょうが「じぇじぇじぇ!」という思いを何度もしてきました。 本当に、この国はどうなっているのでしょう。

 何度でも言いますが、このようなことになったのは個別の問題ではなく、構造的な過ちがあることは明らかで、遠回りのようでも結局官と民とにかかわらず、志ある人間が道を切り拓くしかありません。年明けからあらためて根本的な問題に取り組みます。心ある警察・外務省・公安調査庁・自衛隊の皆さんや報道関係の皆さんを含め、一人でも多くの方々のご協力をお願いする次第です。

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2013年12月29日

永遠に0(ゼロ)

【調査会NEWS1458】(25.12.29)

 旧海軍の零式艦上戦闘機と特攻隊員をテーマにした映画「永遠の0(ゼロ)」が話題を呼んでいます。私も先日観てきましたが、CGまで含めてなかなか見応えのある映画でした。

 さて、「永遠の0」なら見応えがあるのですが、「永遠に0」では話になりません。拉致の実行犯、協力者で逮捕されて刑に服した人間の数です。まあ現時点で永遠かどうかは分かりませんが、このままでは誰も捕まらないままで全てが終わってしまうかも知れません。

 これまで逮捕されたのは久米裕さん拉致の実行犯李秋吉だけで、李についても不起訴で終わってしまっています。有本恵子さん拉致の実行犯八尾恵は「自分が有本恵子さんを拉致しました」と言って、本まで出しているのに全く法的措置はとられていません。一方警察庁のホームページ(下記)を見ても分かるように拉致に関与した11人について逮捕状をとっていますが、全て北朝鮮など国外にいて、刑罰を科すどころか事情聴取もできない状態です。

http://www.npa.go.jp/keibi/gaiji1/wanted/wanted_j.html

 日本国内に多数の拉致実行犯、協力者がいることはすでに明らかになっています。実際名前まで分かっている人間もいるわけですが、誰も捕まらないというのはどういうことでしょう。

 このメールニュースをご覧の方には警察関係の人も少なくないので誤解のないように書いておきたいのですが、こういう結果になる理由は警察の能力や熱意の問題ではないということです。能力や熱意に問題があるのであれば、県警によって結果に差が出るはずですが、「0」ということは、構造的な問題であることの証拠です。実際私が存じている警察関係の方々には能力も熱意もある人が少なくありません。もちろん私が全く知らないところで身を粉にして職務に精励している方々も多数おられるはずです。

 なぜ「0」なのか、政府・警察庁のみならず議会もマスコミも民間も、もう一度考え直し、構造自体を変えていかなければなりません。少なくとも「永遠」にならないために。

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2013年12月28日

圭運丸事件、告発を告訴に変更

【調査会NEWS1457】(25.12.28)

 ニュース1446号(12月13日)でお知らせしたように昭和42(1967)年11月、北海道雄武町の元稲府漁港沖で紙谷慶五郎さんら4人が行方不明になった「圭運丸事件」で慶五郎さんの三女、北越優子さんは去る12月12日に札幌地方検察庁に告発状を提出しました。これについて札幌地検と代理人である藤野義昭弁護士(元救う会北海道代表)らが協議した結果、告発を告訴に切り替えることになりました。告訴状の文面は「告発」の文字が「告訴」に変わっている以外は告発状とほぼ同じで、年明け早々には告訴を行う予定です。

 これによって警察も海保も含め、さらに強い取り組みがなされることが期待されます。

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2013年12月27日

1万キロ現地調査(種子島・屋久島)について

【調査会NEWS1456】(25.12.27)

 1万キロ現地調査の第19回、鹿児島県大隅諸島の種子島と屋久島の調査を下記の日程で行います。関係各位にはご協力賜りますよう何卒よろしくお願いします。

日程 1月29日(水)〜30日(木)

1月29日

 07:30発高速船で鹿児島港発 → 09:05種子島・西之表港着


 日高満男さん及び非公開失踪者失踪関連地点調査・種子島泊

1月30日

 09:20発高速船 → 10:10屋久島・宮之浦港着。

 加藤義美さん・非公開失踪者関連地点調査

 16:00発高速船 → 18:00 鹿児島本港埠頭着。

 19:00 報告会&家族懇談会
 於:『サンプラザ天文館』 鹿児島市東千石町2-30 3階  ℡099-224-6639

 ※日高満男さん・加藤義美さんのご家族も参加の予定です。

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2013年12月26日

田中実さん

【調査会NEWS1455】(25.12.26)

Tanaka
13日の救う会特別セミナーに参加した元工作員・金東植氏の情報に「タナカ」という工作員の教育係の情報がありました。

 これが政府認定の拉致被害者田中実さんであるという証拠はありませんが、私も数年前に北朝鮮関係者から第三国で田中実さんに関する情報を得たことがあります。このときの話は情報源が田中実さんと直接面識があるという話でした。夫人も日本人で調査会ポスターの中にある女性と顔が似ているとのこと(本当にその人なのか、ただ似ているというだけなのかは不明)。少なくとも金東植氏情報の「夫人も日本人」というのとは一致しています。

 証拠もない話で、その後情報源との間は切れてしまったため確認しようもなく今日に至っています。ただ、その人物は「田中実さんが日本に戻れるように努力したい」と言ってはいましたが。

 ところで田中実さんを警察が拉致と断定、発表したのは平成17(2005)年4月26日でした。そして政府認定は翌27日に行われています。

 このときの警察発表文は調査会ニュース241号に掲載しています(調査会のホームページで閲覧できます)が、内容をかいつまんでまとめれば、「報道される以前から警察はつかんでいたが決定的な証拠に欠けていて断定できなかった。しかし今回あらためて警察の力で証拠が固められたので断定する」というものです。つまり、その間故張龍雲氏の月刊「文藝春秋」の論文や著書『朝鮮総連工作員 黒い蛇の遺言状』など民間の活動は関係ない。警察が全部やったというのが発表の内容でした。

 しかし、張龍雲氏の証言がなく、世論が高まらなかったら警察が拉致断定(これは事実上イコール政府認定ということです)したはずがないことは誰でも分かります。松本京子さんの拉致認定(平成18年11月20日)のときも同様でした。ともかく警察庁には「警察は間違いを起こさない。だから警察のやることは間違いではない。世論などは関係ない」という原則(?)があるようで、事実もそれにあわせないと気がすまないのではないかと思います。だからこそ山本美保さんにかかわるDNAデータ偽造事件も認められないのでしょう。

 金東植氏の情報であれ、私の会った人物の情報であれ、警察の捜査の結果であれ、事実が全てです。そして本人を救出することが最優先のはずです。少なくとも組織の面子で優先順位を誤るようなことだけはしてもらいたくないと、切に思います。


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根本直美さんについて

【調査会NEWS1454】(25.12.26)

 先日調査会曽田常務理事が特定失踪者根本直美さんの失踪関連地点(茨城県藤代町ー現在は取手市-)の調査を行いました。以下はその報告です。この時期は全国で若い女性の失踪が相次いでいる時期です。何かお気づきの点がありましたらお知らせ下さい。

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1987(昭和62)年6月20日(土曜日)、高校1年生の根本直美さん(当時15歳)は学校での部活を終え、他の部員8名とともに自転車で自宅に向かう途中、自宅まで約800mの地点に架かる『小貝川橋』のたもとで午後7時15分頃、部員達と別れ、一人で川沿いの道を自宅方向に向かったが帰宅せず、心配した母親が様子を見に行ったところ、自宅から約400m程の位置にある『熊野神社』前の土手に直美さんの自転車が倒れ、通学時に持っていたバッグも放置されているのを発見し、周辺を探したが直美さんは見つからず行方不明となった。

 当日の夜は父親が神社裏手の集会場で地域の会合に出席するため午後7時頃にこの道を自家用車で通過していたが「不審な車両や人物を見た記憶はない」という。

 一方、警察の捜索では警察犬も投入して捜索を行ったが、自転車が放置された場所から先の自宅方向に警察犬は動かず、直美さんの足取りは『熊野神社』前で消えている。

 失踪直後直美さんの実家には3日間、警察が泊り込みで捜索に当たったが、警察が引き上げた直後の夜に無言電話があり、母親が電話口で「もしもし?」と呼びかけると電話は切れ、その後はいたずらと思われる電話が2回ほどあったのみである。

 また直美さんを探していた両親は後日、直美さん失踪の前日(6月19日金曜日)の夜に直美さんの自転車が放置されていた熊野神社(大曲地区)の対岸にある藤代地区で「会社帰りの女性が白い車に追いかけられた」との情報を得たが人物の特定が出来ず、真偽は不明のままとなっている。

2 失踪者基礎事項
(1) 氏名 : 根本直美
(2) 生年月日 : 1972(昭和47)年1月15日
(3) 当時住所 : 茨城県北相馬郡藤代町大曲
(4) 当時身分 : 茨城県立藤代柴水高等学校1年(テニス部)
(5) 身体特徴 : 身長168cm、痩せ型、近視、右腿に火傷痕。

3 参考

 姉も当時同じ高校の3年生で在学中であり、同じテニス部に所属していた。

 当日も直美さんと一緒に部活に参加していたが、3年生は早く練習が終わり、姉は午後3時か4時頃には帰宅している。

4 その他

 当時の地元新聞記事中に
「自転車が発見された周辺では最近暴走族が頻繁に出没したり、この春には変質者が現れるなどして不安を訴える住民もいた」
「同神社から20m自宅寄りにあった小貝川改修工事現場事務所前の空き地に、白い乗用車が止まっていたという目撃証言があったが、その後の調べで乗用車が止まっていたのは失踪時間から15分ほど経過した7時半頃と判明、時間的に見て直美さん失踪との関連は薄いとみている。」との記事が掲載されている。


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2013年12月25日

1年前

【調査会NEWS1453】(25.12.25)

 明日で安倍政権発足1年になります。衆参のねじれも参院選で解消して5か月が過ぎています「自分の政権で拉致問題を解決する」との総理は度々発言しているものの、現実問題ほとんど何も動いていないというのが正直なところです。

 この秋、拉致問題対策本部が各党や議連に報告するなかで政府としてやっていることを(1)COI(国連事実調査委員会)、(2)津川雅彦さんのポスター、(3)北朝鮮人権週間行事(シンポジウムとコンサート)の三つであると発表してきました。

(1)はもともとICNK(北朝鮮における『人道に対する罪』を止める国際NGO連合)の日本メンバーが一所懸命活動して政治が動いたことであり、何もないところを政府が主導してやったわけではありません。(2)(3)はやった方が良いことは確かですが、優先順位が違うのではないか、会議に同席する度にそんな思いをしてきました。

 私も安倍内閣で拉致問題を解決してもらいたいと思います。しかし、どんな有能な総理大臣でも、一代で拉致問題を「解決」することは不可能です。それは北朝鮮の問題というより半世紀以上にわたって積み上げられてきた日本国内の問題、政府(その大部分の期間は安倍総理が総裁をしている自由民主党政権時代)だからです。からこそ、警察が膨大な金と人と権限をもってしてもこれまで一人の拉致実行犯、協力者を逮捕し罪を課すことすらできないのです。それを解決するには(もちろんしなければならないのですが)これまた膨大なエネルギーが必要です。

 だから、拉致問題を最重要課題と位置づけている安倍政権のときに、解決までは望まない、「解決する」と言いながら事態が進まないよりは、実質的に少しでも進展させてもらいたい。進展すればまた新しいステージが開けるはずです。

 そして、間違ってもその「進展」を「解決」にすり替えないでいただきたい。誰かがこの間の国家による不作為の責任を負わなければならないはずであり、安倍総理には敢えてその役を引き受けていただきたいと希望する次第です。もちろん責任という意味では私たちも含め最終的には国民全てが負わなければならないのですが。

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2013年12月23日

調査会を支援する会が自販機プロジェクト開始

【調査会NEWS1452】(25.12.23)

 「特定失踪者問題調査会を支援する会」が その活動の一環として自販機による「しおかぜ募金をスタートしました。地域は東北6県です。ご協力いただける方は何卒よろしくお願いします。お問い合わせは松村譲裕・支援する会事務局長(救う会秋田代表)までお願いします。なお、第1号機は松村さんの経営するユーランド(秋田市)に設置されました。

◎「しおかぜ募金」スタートします!設置オーナー大募集!!
       特定失踪者問題調査会を支援する会 事務局長 松村譲裕

 2年前に「特定失踪者問題調査会を支援する会」を立ち上げ、多くの方々から寄付を頂くことが出来ましたが、正直毎年お願いするのも中々難しく継続的な支援をする方法をとこの度、ドリンク自販機による「しおかぜ募金」をスタートすることに致しました。東北限定との条件ですが、一本に付メーカー3円、設置者2円で計5円の寄付です。自販機管理会社経営の友人の尽力で複数メーカーが賛同してくれました。

 救出活動も本当に正念場だと思います。私の力では何の役にも立ちませんが、せめて調査会が今すべきと判断することが出来る状況にしたい考えています。是非、設置しても良いというオーナーさんをご紹介ください。現状ある自販機を入れ替えても良いと言う方も大歓迎です。青森、岩手、山形、宮城、福島、秋田の東北6県です。是非、よろしくお願いしたします。

支援する会連絡先:TEL090-3368-3155(松村事務局長携帯)・FAX03-3915-0737
    y.matsumura■youland.jp(松村事務局長PC。「■」の部分を@に変えて送信して下さい)

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2013年12月21日

南西諸島

 Dscn1170 1月29日30日は種子島と屋久島の調査です。この方面の失踪、事務所で杉野常務理事が付箋を貼っていったらこんなになりました。これでも沖縄本島は抜いてあります。不審な船はこの近くでも目撃されており、上海沖に工作船の中継地があるわけですから、こっちまできても何の不思議でもありません。さて、何が出てくることやら。それにしても島なので1回で行けるところが限られてしまいます。護衛艦か巡視船でも出してくれるとありがたいのですが…。

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2013年12月20日

北朝鮮2週間ぶりに妨害電波送信

【調査会NEWS1451】(25.12.20)

           専務理事(しおかぜ担当) 村尾建兒

 12月19日、2週間というタイムラグを経て、北朝鮮による「しおかぜ」への妨害電波追従が確認されました。

 過去においてここまで時間が掛かった事は無く、やはり混乱が起きている証拠と考えます。朝鮮労働党で勤務した経験のある脱北者からも「張成沢の党の機関に於けるパワーは凄かった。北朝鮮は党が国家と軍を指導しているシステムだ、北朝鮮による電波妨害が止まった事は裏では混乱状態かも知れない」と言う見解でした。

 これまでも変更前の周波数に妨害が出続けているケースや追従までに1週間程度かかった事はあります。しかし、今回の張成沢粛正、処刑のタイミングや北朝鮮当局の妨害対応、これから冬期に向かい電力事情が厳しくなって行く事を考えると、今後もこのような事態は起きる事でしょう。この妨害電波との闘いは、直接的に北朝鮮の状態を把握する情報の一つになります。今後もこのニュースで逐次状況をお知らせして参ります。

 「しおかぜ」では、昨日からの妨害追従を受け、周波数変更での対応を速やかに準備しております。

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2013年12月19日

海外事情研究所ホームページ

 拓殖大学海外事情研究所のサイトです。まだスタートしたばかりですが、よろしかったらお立ち寄り下さい。

http://www.kaiken.takushoku-u.ac.jp

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加瀬テル子さんに関する情報について

【調査会NEWS1450】(25.12.19)

 前々号ニュースでお知らせした加瀬テル子さんの件について、17日の記者会見で古屋圭司拉致問題担当大臣は「警察庁が女性を特定し、本人に面会して別人だと確認した。加瀬さんが拉致された可能性は依然残っており調査を続ける」と発表しました。

 大臣の発表ですのでこの情報は重く受け止めざるを得ませんが、その女性がどこにいるのか、どのようにその情報を入手したのか等詳細は一切明らかにされていません。ご家族への通知の仕方等疑問を感じる部分があることも事実です。

 また、飯倉公館事件や山本美保さんに関わるDNAデータ偽造事件など、政府・警察が拉致事件に関して故意に情報を操作したり偽造したことについても未だに何一つ真相は明らかにされていません。そのような状態で詳細の分からない情報を完全に信頼するのも難しいというのが正直なところです。

 大臣の発言にもありますが、加瀬テル子さんの場合現地調査の結果等他の要因から考えても拉致の可能性は高く、当面は大臣の会見での発言を重視しながらも、この写真も含め全ての可能性について調査を続ける予定です。

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2013年12月17日

北朝鮮当局による妨害電波に異変

【調査会NEWS1449】(25.12.17)

            専務理事(しおかぜ担当) 村尾建兒

 「しおかぜ」が放送を開始して丸8年、その内の7年半は北朝鮮当局による妨害電波との闘いを続けて来ましたが、この12月4日に周波数変更を実施して以来、12月15日現在まで、北朝鮮による妨害電波追従が全くありません。これまでの状況から見て、北朝鮮内部に大きな混乱が起きている現れであると考えています。

 2013(平成25)年10月27日、国際的な電波改変により周波数変更を行い、さらに2005(平成17)年の5月から行って来た、朝の時間帯の放送枠を深夜へと同時に変更し、夜10:30〜11:30と深夜1:00〜2:00の新たな編成で放送を初めた翌日、まさかの妨害電波追従という非常に敏感な反応を北朝鮮当局は見せていました。

 金日恩体制になってからラジオ等の取り締まりが厳しくなったとの情報も複数あり、また、このところの妨害追従は2〜3日程度が続いていた事から体制固めに外部情報の遮断は継続されていると判断していました。その中での翌日追従ですから外部情報遮断の指令はさらに厳しくなり、これも次への変化ではないかと捉えていました。

 ところが12月4日以降、15日になっても変更後の周波数に妨害に追従は全く無く、変更前の周波数への妨害が続いています。ポイントは妨害が発射し続けられている事です。内部の指揮命令系統に大きな混乱が起きているとしか思えません。これが張成沢処刑とどのように関わっているのかは不明ですが、少なくとも北朝鮮というところで現場の判断により勝手に対応をするという事は考えられません。すなわち上部からの命令が来ていないと考えるのが妥当でしょう。

 この7年半、妨害電波との闘いの中で北朝鮮の電力事情(特に冬期)と思われる以外に妨害電波が止まった事はなく、今後、北朝鮮がどのような対応にしてくるのか監視を強化する必要があります。

 いずれにせよ北朝鮮に仕掛ける機会は、内部に混乱が起き不安定状態にある今が好機である事は間違いありません。「しおかぜ」では今週から年末年始にかけて、張成沢処刑に伴い北朝鮮の粛清・権力闘争の歴史を繰り返し放送します。

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2013年12月16日

加瀬テル子さんと写真の女性は別人?

【調査会NEWS1448】(25.12.16)

 先程加瀬テル子さん(昭和37年千葉県で失踪)の親戚である仲條富夫さんが旭警察署に赴き、県警の関係者から「警察庁の人間が最近北朝鮮から出てきた写真の女性に直接会い、『自分は加瀬テル子ではない。脱北者でもない』との話を聞いた」と伝えられました。

 旭警察署には調査会曽田常務理事も赴きましたが、曽田常務理事の同席は拒否されました。面会終了後、仲條さんの話では警察庁関係者が会った女性は顔写真もパラソルを持った全身の写真も自分であるが、自分は加瀬テル子でも脱北者でもないと言ったとのこと。いつ、どこで警察庁の関係者が会って、その女性の国籍がどこなのかについては知らされなかったそうです。基本的には警察庁から伝えられた情報で、県警でもほとんど詳しいことは知らされていないようですが、県警としてはとりあえず写真の女性を加瀬テル子さんではないと結論づけたとのこと。面会した担当者は「写真が別人であったとしてもそれとは関係なく、拉致の可能性からの捜査は今後も続けていく」と話したそうです。

 もともと顔写真については刻印が押されており、これは北朝鮮から出たことが確認されていると聞いていました。そうすると脱北者でもないと言っているその女性は何者なのか、疑問が膨らみます。近々警察の発表もあると思いますが、可能な限りの情報を公開し、とりわけご家族に対しては詳細を伝えるよう希望する次第です。

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2013年12月14日

張成沢の因果応報

【調査会NEWS1447】(25.12.14)

 張成沢処刑のニュースを受けて、閣僚のコメントがいくつも出ていますが、ほとんど「情報の収集に努める」ばかりです。拉致問題を本気で解決したいなら、この動きをどう使うか真剣に考え、行動してもらいたいものですが、残念ながらあまりそんな切迫した感覚は感じられません。結果を出せずに新年が近づいていることだけでも気が滅入るのに、このまったりした雰囲気にますます神経を逆なでされています。

 ところで、北朝鮮では1997年から始まる大粛清、「深化組事件」でおよそ2万5千人が粛清されたと言われています。金正日に命じられてそれを指揮したのは張成沢でした。

 深化組事件は金正日系列による金日成系列の排除を目的にしたものと言われます。ちょうど大飢饉に見舞われたこの時期、北朝鮮の内部は極めて不安定でした。不満分子を根絶やしにしようという意図で行われたものでしょう。

 そして、深化組事件が一段落すると張成沢は姿を消しました。恨まれたのか、スケープゴートにされたのか、あるいは自分の力が大きくなったと過信したのか分かりませんが、まあ因果応報というべきでしょうか。2006年に再登場したときはバックに中国がついていました。自力では這い上がれなかったのかも知れません。

 北朝鮮の体制は金日成の時代、建国以前から1960年代まで粛清につぐ粛清を続けてきました。1970年代、金正日が後継者になってからは少しずつ金日成の権力を奪っていき、1994年には親子の対立が極大化して、金日成は死んでいきます。

 その意味でこの国の歴史は血塗られた権力闘争の歴史でした。張成沢も銃殺されるとまでは思いませんでしたが、考えてみれば不思議でもないのでしょう。もしこれが軍による巻き返しなら、次にやられるのは崔竜海でしょうが、もう少し様子を見ないとよく分かりません。いずれにしても、これが金正恩の権力基盤を強くするとは考えられません。どちらに転ぶのかは別として、まだまだ二幕三幕が続くのだと思います。私たちは観客席で一喜一憂するのではなく、積極的にこの激動をチャンスにしなければなりません。脚本を書いて演出し、場合によっては演じることが必要です。

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2013年12月13日

圭運丸事件で告発状提出

【調査会NEWS1446】(25.12.13)

 昨日12月12日、圭運丸事件に関し札幌地方検察庁に告発状の提出を行いました。

 告発人は紙谷慶五郎さんの三女北越優子さん、被告発人は住所及び居所不明、氏名不詳の某(複数の可能性)、告発人代理人は藤野義昭弁護士(前救う会北海道代表)、川人博弁護士(法律家の会幹事)、土田庄一弁護士(法律家の会事務局長)及び調査会代表荒木です。

 12日は10時に北越さん、藤野弁護士、川田ただひさ救う会北海道代表及び荒木が札幌地検に赴き、渡邉雅典地検特別刑事部長に告発状を手渡しました。なお、今回は提出であり、受理は後日地検より連絡がなされる予定です。

 告発状の内容は以下の通りです。各位のご協力をよろしくお願いします。

告発の趣旨

 被告発人を刑法第226条(国外移送目的略取誘拐)の罪で直ちに捜査の上、厳重処罰することを求める。

第1、告発にかかる犯罪事実

 被告発人は国内外の協力者と共謀の上、昭和42(1967)年11月7日、北海道紋別郡雄武町元稲府港沖周辺海域において、告発人の父紙谷慶五郎(明治45年3月5日生まれ・当55年)と兄紙谷圭剛(昭和16年3月20日生まれ・当26年)、弟礼人(昭和23年4月11日生まれ・当19年)、同速水(昭和26年1月9日・当16年)を国外移送目的をもって略取誘拐し、密かに日本から朝鮮民主主義人民共和国内に移送したものである。

第2、関連する事実

 本件は、以下の通り朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による拉致が極めて高度に疑われる失踪事件である。

1 紙谷慶五郎らの失踪時の状況

 (1) 紙谷慶五郎(以下、「慶五郎」という。)は告発人北越優子の父であり、母ヨネ、妻ミヨ(大正7年3月2日生・当49年。以下「ミヨ」という)、長男圭剛(以下、「圭剛」という。)、次男礼人(以下、「礼人」という。)、三男速水(以下、「速水」という。)及び五女篤子(昭和27年5月27日生・当15年)と北海道紋別郡雄武町字雄武川1番地に居住し、漁業を営んでいた。三女である告発人(昭和19年10月8日生・当23年)は雄武林務署に勤務し、雄武町潮見町に居住していた。

 (2) 昭和42(1967)年11月7日、慶五郎は所有する漁船「圭運丸」(6トン)で圭剛、礼人、速水とともにイカ底引き網漁のため元稲府港を早朝出港した。

 しかし、午前9時、10時になっても帰らなかった。当日はべた凪で波もなく11月としては珍しい暖かい日であった。

 昼過ぎにミヨが仲間の漁船に異常を伝え、雄武漁協では捜査を開始した。そして、魚群探知機で圭運丸と思われる船が元稲府港の北4マイル付近の漁場海底に沈んでいる状態で発見され、同日16時頃、雄武漁協に圭運丸捜索対策本部が設置された。

 翌11月8日から12日朝まで猛吹雪のため海上での捜索ができず、陸上で雄武町・興部町・枝幸町の海岸線を漁協関係者・同級生・消防団・町役場・林務署の職員等が交代で昼夜を徹して捜索をしたが遺体はもちろん衣類や靴など4人の遺留品は見つからなかった。

 11月12日、海上保安庁網走支庁委託捜索船やまさん丸(稚内市・波間水産所有)が現場海域に入り圭運丸引き揚げを試みるが失敗に終わった。この船には告発人が同乗していたが、船長と船員が作業中に「船に穴が空いている。操業中ではない。真っ直ぐ沈んでいるのはおかしい」と話しているのを聞いていた。

 11月14日、対策本部は捜索打ち切りを発表し、11月16日に紙谷家と漁協の合同告別式が執り行われ、昭和43(1968)年5月6日に4名全員の戸籍が抹消された。

2 事故とは考え難い理由

 本件は、当時、北朝鮮による拉致の可能性などだれも考えておらず、操業中に転覆した「事故」であったと一般的に認識されていた。

 しかし、前述海保委託捜索船「やまさん丸」が圭運丸を引き揚げようとした折の乗組員の会話にも見られるように圭運丸は失踪直後に真っ直ぐ沈んで着底していることが確認されており、これは転覆説を否定するものである。また当日好天であり、波もなかったことや遺留品が全く発見されなかったことからも通常の事故でない可能性が極めて高いものであったと言わざるを得ない。

 また、後述の関係者の証言からしても、他者による事件惹起が強く疑われる。

3 拉致の可能性が高いと考える理由

(1) 「漁民拉致」報道

 平成25年5月28日付「産経新聞」は脱北した元朝鮮人民軍幹部が海上で漁船を拿捕し乗組員を拉致、船を沈める形の拉致が1960年代から1980年代にかけて頻繁に行われ、自らもそれに加わったという証言を掲載した。

 この内容は日本漁船を装った工作船で漁船に近づき、乗り移って船内を制圧して若い乗組員を拉致、年配者や抵抗した者は船倉に閉じ込めて漁船のキングストン弁を開いて沈没させたというものである。

(2) 新情報の提供

 転覆説に疑問を持っていた告発人から要請を受けて拉致の可能性に関する調査を行ってきた特定失踪者問題調査会では、上記の報道に接し、漁船を狙った拉致が圭運丸事件に当てはまるのではないかと考え、海上保安庁への要請とともに事実関係の確認を進めていたところ、関係者から当時圭運丸が不審な船に囲まれていたとの情報が提供された。

 この情報はTBS及びHBCの取材で明らかになったものである。証言したのは圭剛の同級生で、その内容は以下の通りであった。

ア 圭運丸失踪当時、自分は雄武石油の営業所に勤務しており、漁船の燃料をタンクローリーで入れて回る仕事をしていた。11月4日に圭剛から7日午前7時に燃料を持ってきて欲しいと言われていた。当日港で待っていたが船は戻って来なかった。

イ 午前9〜10時頃、元稲府漁港から西北約2キロの距離にあるウェンコタン岬の東側で圭運丸が3隻の船に囲まれているのを目撃した。1隻は圭運丸と同じ位の大きさの白い船、1隻は真っ黒い船でマストもなかった。あと1隻はマストを立てたもう少し大きな船。その辺りはそこだけ深くなっており、周囲は浅瀬になっている。地元の人間しか知らない場所で、素人の船は浅瀬にぶつかるのでそこには来ない。後で考えると連れてこられたのではなく、そこまで圭運丸が追われて逃げてきたのではないか。

ウ その後早めに昼食をとった後、11時頃自宅を出たら「紙谷の船が転覆した」と2回言った男がいた。全く知らない50前後の男で自分と同じ位の身長(証言者は当時154センチくらい)の小柄な男。眼鏡をかけていた。髪の毛は横に流していた。この時点では誰も失踪について認識していなかった。

エ 以上については元稲府漁港の責任者や周囲の漁民にも話したが事故という感覚が強く、とりあってくれなかった。

(3) 工作員高大基との関係

 警察が拉致被害者と断定している高敬美・剛姉弟(拉致認定の根拠となる「北朝鮮当局によって拉致された被害者等の支援に関する法律」では認定は日本国籍保持者に限られており朝鮮籍であるため警察による拉致断定でとどまっている)の父であり、現在も行方不明の日本人渡辺秀子(高敬美・剛の実母。以下「秀子」とする。)の夫高大基(以下「高」とする)は秀子とともに当時雄武町に居住していた。高は在日朝鮮人出身の北朝鮮工作員で道内の自衛隊情報の収集等の工作活動をしていたとされる。高と紙谷家のつながりについては明らかではないが、慶五郎は秀子の勤めていた割烹「日の出」に出入りしており、当時優子も直接秀子に会ったことがある。高は慶五郎ら親子について情報を得ていたものと思われる。
 
(4) 失踪者の身辺状況

 慶五郎は雄武町議を務めたこともあり土地の名士だった。圭剛は独学で外航船の船長の資格である「乙一種航海士」免許を取るほど優秀だった。雄武町は当時人口1万程度の町であり、船舶に関わる優秀な人材を物色していたとすれば当然候補に挙がったと推認される。

 ちなみに特定失踪者問題調査会の調査によれば偶然に拉致が行われるケースは少なく、固定工作員ないし協力者が上部の指示に従い対象を選定して行う場合が大半とされている。

 圭剛を含め他の失踪者は拉致対象者として標的にされていた可能性は極めて大である。

(5) 道内における他の失踪との関連について

 特定失踪者問題調査会における特定失踪者(拉致の可能性の排除できない失踪者)には同時期道内での失踪者が多い。

吉田信夫(昭和40年5月25日札幌市で失踪)
西平カメ(昭和40年10月 帯広市で失踪)
吉田雪江(昭和42年1月28日 釧路市で失踪)
城崎暎子(昭和42年4月21日 岩内郡共和町で失踪)
山崎博司(昭和42年5月8日 士別市で失踪)
岡田優子(昭和42年10月23日 常呂郡佐呂間町で失踪)
斉藤裕(昭和43年12月1日 稚内市で失踪)
国井えり子(昭和43年12月12日 網走市で失踪)
長谷川文子(昭和44年3月 美唄市で失踪)

 それぞれの関係は明確でないが、このような集中は他の地域と比較しても多く、拉致を推認する要素たり得ることは明らかである。

(6) 以上の関連情報、新たな証言等を総合的に判断し、慶五郎親子が北朝鮮関係者により拉致された可能性は極めて高い。

第3 告発に至った理由

 事件発生からすでに43年が経過しているが、当初は海難事故と認識されたため、本件について拉致という視点からの捜査はなされてこなかった。しかし、告発人は単なる事故ではないとの確信を持ち続け、そして平成14年以来、北朝鮮による拉致の事実が明らかになったことから、平成19(2007)年特定失踪者問題調査会に拉致ではないかとして調査を依頼した。その後工作員高大基が同時期雄武町にいたことは確認されたが、それ以上の情報が得られないまま本年に至った。

 そして上記のように本年5月「漁民拉致」の問題がきっかけとなって海上における拉致事件が注目され本件については上記の新たな情報がもたらされた。

 こうしたことから、告発人は慶五郎らの失踪は北朝鮮による犯行との疑いを強くし、ここに告発するに至ったものである。

 なお、告発人は7月8日第一管区海上保安本部に圭運丸事件の調査を要請し、特定失踪者問題調査会でも海上保安庁・拉致議連等に圭運丸事件を含めた海上での拉致疑惑事案についての調査・捜査を依頼した。

 そして、海上保安庁は7、8月に海底調査を行った。特に8月の調査はかなり厳密な調査をしたものと思われる(事後における口頭の報告のみであり、家族の求めた文書による説明は今も実現していない)が、圭運丸の痕跡を確認することはできなかったとされている。

 本件は事件の特殊性からして、警察と海上保安庁の連携が必要不可欠であり、両者とも協力していく旨意思表示はしているものの、実際にはそれが進んでいるとは思えない。したがって総合的な見地からの捜査を行うことを求めるため御庁への告発となった次第である。

第4 結語

 家長たる慶五郎及び子供3人が失踪して以来、海難事故として自らを納得させようとしたことがあったとしても、優子及び他の家族・親族は片時も4人のことを忘れたことはなかった。

 拉致被害者はもちろん被害者家族がこの間受けてきた苦しみは計り知れないものがある。

 かかる加害者である北朝鮮当局による拉致行為は、言うまでもなく拉致被害者の基本的人権の保障や国際人権規約の補償に対する重大な侵害行為である。また、北朝鮮当局による拉致行為は漁船の安全と船員の命を守るべき海上保安庁の主権を堂々と侵害したものである。

 日本国政府と関係機関は本件事件を解明し、早急に被害の回復を図るべき責務を有する。

 本件告発のもと、御庁におかれては、直ちに情報を収集し捜査能力を駆使して事案を解明し被害の回復をはかられるよう強く求めるものである。

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2013年12月11日

拉致疑惑失踪者(0番代リスト)第49次発表

【調査会NEWS1445】(25.12.11)

昨日の記者会見で以下の通り発表しました。

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氏名:佐賀 直香 (さが なおか)

性別:女性

生年月日:昭和45(1970)年3月21日

失踪年月日:昭和51(1976)年8月1日

当時の住所:北海道根室市本町

当時の年齢:6歳

当時の身分:北海道根室市立北斗小学校・1年生

最終失踪関連地点:根室市本町の自宅を出て

身体的特徴:左右どちらかの臀部に火傷痕がある。

失踪状況 
昭和51(1976)年8月1日午後1時ころ、「遊びに行く」と言って自宅を出て、棒切れを持って自宅前で遊んでいる直香さんを母親が目撃したのを最後に行方不明となった。
その後近くのデパート前の道路を棒切れを持った直香さんが歩いていたのを目撃されている。

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藤田進さんの写真鑑定結果伝達から1年

【調査会NEWS1444】(25.12.10)

 昭和51(1976)年2月、埼玉県川口市の自宅を出たまま失踪した藤田進さんについて、昨年12月18日、埼玉県警は弟の藤田隆司さんに対し「同一人である」「同一人と推定される」という写真鑑定の結果を伝えました。

 これは、それから遡ること8年前、平成16年8月1日に藤田進さんと思われる北朝鮮から持ち出された写真が公表された直後に行われていたものですが、長い間家族には伝えられていませんでした。

 そして昨年12月18日も鑑定結果は文書では伝えられず。今年の8月15日に藤田隆司さんがCOI(国連人権委事実調査委員会)メンバー訪日の際、このことを伝えようとして要請し、8月23日になって初めて文書が手渡されました。

 さらに問題なのは、昨年12月の時点でも、今年の8月の書類が手渡されたときも、埼玉県警の担当者から「外部には公表しないで欲しい」という趣旨の話をされていることです。藤田隆司さんはこの約束を守ったのでマスコミにもほとんど報道されませんでしたが、本来伝えられて直ぐに発表できれば非常に大きな話題になったはずです。タイムラグをおくことで事態を沈静化させようとする姑息な手段と言うべきですが、こういう種類のことを県警が勝手に決められるはずはなく、おそらくはマスコミに取り上げられて不作為を批判されないようにするための警察庁からの指示によるものでしょう。

 今日の記者会見には、緊急に藤田隆司さんが参加し、この現状について説明する予定です。

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2013年12月10日

会見・Sセミナー・札幌集会・刑事告発

【調査会NEWS1443】(25.12.9)

 明日以降の予定です。可能な方はぜひご参加下さい。

◎12月10日(火) 記者会見・Sセミナー

1.特定失踪者問題調査会記者会見(18:30〜19:00)

 (1)拉致疑惑失踪者(0番代リスト)1名発表 関連地域:北海道

 (2)圭運丸事件刑事告発について

 (3)張成沢失脚と今後の見通し

 (4)その他

※一般の方も参加いただけます(質問等はメディアの方のみ)。

2.戦略情報研究所Sセミナー(記者会見に引き続き19:00〜20:30)

 テーマ 「1万キロ現地調査を通して見えた日本の現状」
 (前半約40分代表荒木による講演、後半質疑や他調査会役員による補足説明を行います)

 参加費 1000円(戦略情報研究所会員及び記者会見のみ参加の方は無料)

 ※事前の参加申し込みは不要です。

 ※記者会見及びセミナーの講演部分を(株)NetLiveのご厚意でインターネット中継します。同社のサイトでご覧下さい。なお、中継後同サイト内の戦略情報研究所・特定失踪者問題調査会のページでオンデマンドで見られるようになります。

http://www.netlive.ne.jp/archive/SII/index.html

会場 UAゼンセン会館2階会議室
(東京都千代田区九段南4-8-16 Tel03-3288-3549)

※JR・地下鉄市ケ谷駅下車3分 日本棋院斜向い

http://www.uazensen.jp/about/

◎12月11日(水) 拉致問題を考える緊急集会(救う会北海道主催)

-圭運丸事件など昭和40年代前半、道内における失踪事件の真相とは-

時間 18:30〜20:30

会場 かでる2・7(011-204-5100)
札幌市中央区北2条西7丁目 道民活動センタービル
   地下鉄さっぽろ駅(10番出口):徒歩7分

登壇予定者(敬称略・変更の可能性があります)
  北越 優子  (紙谷慶五郎さん三女・今回の告発人)
  藤野 義昭 (前救う会北海道代表・弁護士・今回の告発代理人)
  荒木 和博 (特定失踪者問題調査会代表・同代理人)
  斉藤 由美子(昭和43年12月稚内で失踪した斉藤裕さんの姉
・平成16年1月29日北海道警に刑事告発)
  川田 ただひさ(救う会北海道代表)
◎12月12日(木) 圭運丸事件刑事告発

10:00 札幌地方検察庁に告発状提出(札幌市中央区大通西12丁目 札幌第3合同庁舎)
提出者 告発人 北越優子さん・代理人 藤野義昭弁護士・同 荒木

10:20 司法記者クラブ(同じ建物)で記者会見

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2013年12月 8日

またも消えたか張成沢

【調査会NEWS1442】(25.12.6)

 張成沢失脚のニュースは色々な憶測を呼んでいます。今のところ情報源がほとんど韓国の国家情報院しかないので情報自体が操作されている可能性もありますが、出てこないので何かが起きていることは間違いないのでしょう。

 しかしこの人は前からそんなことをくり返しています。上がったり下がったり忙しい人です。「張成沢の周りに人が集まってくると、金正日は警戒して切っていったりするんです」というのは前にインタビューした脱北者の言葉。前回の失脚は金正日の指示で「深化組事件」を主導し、2万5千人とも言われる粛清を行ったことがかかわっているはずです。スケープゴートだったのかもしれません。

 そしてその後3年間消息の伝えられなかった張成沢が2006(平成18)年カムバックしてきたのは中国がバックにいたからでした。旧正月の慶祝公演に参席したのが報道されて分かったのですが、この公演は駐朝中国大使をはじめとして在留中国人が多数招待されたものでした。

 元工作員の安明進氏は何年も前に「張成沢や呉克烈は『何でも中国の言う通りにすれば良い』と思っている。それに対して金正日は『いや、米国とも関係を強化しなければ』と考えている」と言っていました。事実かどうかは別として、張成沢の動きが中朝関係と何らかの関係をしている可能性も否定できません。そういえば中国の保護監視下(?)にある金正男も張成沢とは親しかったように思います。

 その中国も天安門での事件や政争・腐敗などで何か国内も穏やかでない様子が見て取れます。防空識別圏問題も内政が絡んでいるでしょう。外も中も締めなければいけないということでしょうか。

 朝鮮半島の中での変化には周辺大国がブレーキをかけますが、周辺大国の変化に朝鮮半島がブレーキをかけることはできません。韓国の諺で「鯨の喧嘩で海老の背が折れる」というのがありますが、そんなときが近づいているのかもしれません。

 しかし、この20年間で学んだことからすれば、日本が傍観していてはいけないはずです。放置していれば乗り遅れ、他の国の都合で国際秩序を作られてしまいます。「どうせまもなくつぶれるから」と思って(私自身がそうでした)放置していれば拉致被害者も死んでしまいますし、核やミサイルの開発も進めてしまうでしょう。

 張成沢の浮き沈みに一喜一憂している暇はないはずです。それを私たちがどう利用できるかに問題はかかっています。自ら手を突っ込んで東アジア全体の国際秩序を作っていく意志がなければ拉致問題も解決できません。 

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2013年12月 6日

圭運丸事件で刑事告発

【調査会NEWS1441】(25.12.5)

 昭和42年(1967)11月に北海道雄武町元稲府港を出た漁船圭運丸の乗組員紙谷慶五郎さんら4人が失踪した「圭運丸事件」について、12月12日午前、ご家族が札幌地方検察庁に対して刑事告発を行うこととなりました。

 詳細は10日の記者会見(東京・戦略情報研究所講演会を兼ねる。下の行事等一覧に記載)と下記の札幌での集会で発表しますが、告発人は紙谷慶五郎さん三女の北越優子さんで、藤野義昭弁護士・川人博弁護士・土田庄一弁護士並びに調査会代表荒木が代理人となる予定です。

 関係各位にはご協力をよろしくお願いします。

◎拉致問題を考える緊急集会

-圭運丸事件など昭和40年代前半道内における失踪事件の真相とは-

日時 平成25年12月11日(水)18:30〜20:30

会場 かでる2・7(011-204-5100)
札幌市中央区北2条西7丁目 道民活動センタービル
   地下鉄さっぽろ駅(10番出口):徒歩7分

登壇予定者(敬称略)
  北越 優子  (紙谷慶五郎さん三女・今回の告発人)
  藤野 義昭 (前救う会北海道代表・弁護士・今回の告発代理人)
  荒木 和博 (特定失踪者問題調査会代表・同代理人)
  斉藤 由美子(昭和43年12月稚内で失踪した斉藤裕さんの姉
・平成16年1月29日北海道警に刑事告発)
  川田 ただひさ(救う会北海道代表)

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2013年12月 5日

チャンネル桜

チャンネル桜「防人の道」でお話ししました。

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2013年12月 4日

佐藤勝巳さんのこと

【調査会NEWS1440】(25.12.4)

 前救う会全国協議会会長・元現代コリア研究所所長の佐藤勝巳さんが亡くなりました。12月2日、享年84才。奥様の話では11月4日に脳幹の血流障害で意識不明になったものの、その後手術で快方に向かい、まもなくリハビリのできる病院に転院する予定だったとのこと。亡くなられたのは肺炎で、急だったそうです。

 私にとっては「佐藤さん」「会長」というより「所長」という方が言いやすく、二十代の頃から現代コリア研究所でお世話になってきました。平成9(1997)年暮れ、横田めぐみさんのことが月刊「現代コリア」がきっかけになって明らかになりました。運動自体は現代コリアの支援者だった小島晴則さんらが新潟でスタートしたものですが、東京で全国の中心として活動できるのは現代コリア研究所しかなく、佐藤所長や当時「現代コリア」編集長で現在救う会の会長である西岡力さんらとともに手探りで初期の運動を進めてきました。

 11年前、調査会ができる頃からは意見の合わないことがあり、組織が別になったこともあってあまりご一緒することはありませんでした。救う会会長退任後はさらにご縁が薄くなり、最近の発言等には色々と疑問も感じていました。

 しかし、自分が今朝鮮問題研究者のまねごとをできるのは佐藤所長の指導あってのことですし、仲人もしていただきました。現代コリアを支えていた同世代の玉城素理事長・田中明先生もすでに他界されており、あらためて時代が変わったということを実感しています。

 最後に佐藤所長と電話でお話ししたのは6月13日でした。作家で元共産党員の山辺健太郎氏のことで問合せがあり、知っているとしたら所長しかいないと思ってメールを送ったところ、電話があって「何人か聞いてみたけれど分からないんだよ」とのことでした。拉致問題に関する話はお互いしませんでしたが、電話の感じは昔の佐藤所長のままでした。

 色々なことが走馬燈のように思い出されます。今はご冥福をお祈りするばかりです。

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