張成沢の因果応報
【調査会NEWS1447】(25.12.14)
張成沢処刑のニュースを受けて、閣僚のコメントがいくつも出ていますが、ほとんど「情報の収集に努める」ばかりです。拉致問題を本気で解決したいなら、この動きをどう使うか真剣に考え、行動してもらいたいものですが、残念ながらあまりそんな切迫した感覚は感じられません。結果を出せずに新年が近づいていることだけでも気が滅入るのに、このまったりした雰囲気にますます神経を逆なでされています。
ところで、北朝鮮では1997年から始まる大粛清、「深化組事件」でおよそ2万5千人が粛清されたと言われています。金正日に命じられてそれを指揮したのは張成沢でした。
深化組事件は金正日系列による金日成系列の排除を目的にしたものと言われます。ちょうど大飢饉に見舞われたこの時期、北朝鮮の内部は極めて不安定でした。不満分子を根絶やしにしようという意図で行われたものでしょう。
そして、深化組事件が一段落すると張成沢は姿を消しました。恨まれたのか、スケープゴートにされたのか、あるいは自分の力が大きくなったと過信したのか分かりませんが、まあ因果応報というべきでしょうか。2006年に再登場したときはバックに中国がついていました。自力では這い上がれなかったのかも知れません。
北朝鮮の体制は金日成の時代、建国以前から1960年代まで粛清につぐ粛清を続けてきました。1970年代、金正日が後継者になってからは少しずつ金日成の権力を奪っていき、1994年には親子の対立が極大化して、金日成は死んでいきます。
その意味でこの国の歴史は血塗られた権力闘争の歴史でした。張成沢も銃殺されるとまでは思いませんでしたが、考えてみれば不思議でもないのでしょう。もしこれが軍による巻き返しなら、次にやられるのは崔竜海でしょうが、もう少し様子を見ないとよく分かりません。いずれにしても、これが金正恩の権力基盤を強くするとは考えられません。どちらに転ぶのかは別として、まだまだ二幕三幕が続くのだと思います。私たちは観客席で一喜一憂するのではなく、積極的にこの激動をチャンスにしなければなりません。脚本を書いて演出し、場合によっては演じることが必要です。
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