« 金ヘギョン | トップページ | 圭運丸事件で検察・警察・海保合同捜査へ  »

2014年3月17日

福留貴美子さんの事案について

【調査会NEWS1499】(26.3.17)

 Hukutome2
                調査会理事 上野 一彦

 3月26日からの1万キロ現地調査第20回の調査対象の1人に高知県出身の福留貴美子さんの事案がある。福留さんは政府認定拉致被害者ではないが、特定失踪者問題調査会設立前から拉致被害者として救出活動の中で扱われてきた、いわゆる「救う会認定」である。

 彼女は今から38年前の昭和51(1976)年7月に「モンゴルへ行く」と友達に告げて羽田空港から出国、しかし何故か北朝鮮に入国し、更に驚くべき事は昭和45(1970)年3月に日航機「よど号」をハイジャックして北朝鮮に渡った日本の赤軍派メンバー(9名)の一人である岡本武と結婚したのである。

 福留貴美子さんに関する事案(以下、<福留事案>とする)は謎に満ち、今なお詳細が明らかになっていない。その全ての説明はメールニュースでは不可能だが、今回は福留さんに発付された逮捕状の経緯を辿りながら、日本の公安警察が福留事案をどの様に認識し、捜査を行なっているかを考察してみたい。

 平成16(2004)年1月9日、警視庁・公安部は福留さんに対して旅券法違反容疑で逮捕状を取った。渡航が制限されている北朝鮮へ必要な申請手続きをせずに渡航したという容疑内容である。この唐突な逮捕状請求は、4日後の13日に帰国する「よど号」グループの子供たち(6人)の中に岡本武と福留さんの子供(次女)が含まれていたからである。警視庁は何としても次女の所持品検査を行い、特に死んだとされている岡本武と福留さんの<遺骨>の有無を確認したかったと思われる。しかし、2年前の平成14(2002)年9月に岡本武と福留さんの子供(長女)が帰国した際には所持品検査は行われておらず、何ともチグハグな対応と言わざるを得ない。

 この次女への所持品検査に対しては4ヵ月後の平成16年5月に次女を原告とする国家賠償訴訟が起こされ、翌年(平成17年)10月の公判において警視庁・公安一課の警視が「福留貴美子さんは、警察としては拉致被害者として考えていない」と証言した。

 これはある意味、当然の証言と思われる。何故なら、福留さんに対して「渡航が制限されている北朝鮮へ必要な申請手続きをせずに渡航した」という容疑で逮捕状を請求したのであれば、それは「拉致されたのではない」と考えている事に他ならないからである。逆に拉致(略取誘拐)された可能性を考慮しているのであれば、渡航制限に違反した事を容疑内容とする逮捕状請求はあり得ないとなるだろう。

 その警視の証言から1年が過ぎた平成18(2006)年11月、「救う会・高知」は福留事案を被疑者不詳の略取誘拐とする「告発状」を高知県警に提出した。

 私もそれ関わった一人だが、正直言って受理される可能性は少ないだろうと思っていた。法廷での警視の証言は重く、この年の2月に行なわれた「日朝包括協議」で外務省が北朝鮮に安否確認を求めた36人の中に福留さんが入っていたとしても、それ自体は北朝鮮での所在を推認するものではあっても拉致の可能性を示唆するものとはならないからだ。

 しかし、翌12月の県議会で「告発状」に関する県議の質問に答えた県警本部長の発言に私は微妙なニュアンスを感じ、用意していた「告発状」不受理の際の声明文に加えて受理の際の声明文を慌てて作成した事を覚えている。

 県議会でのやり取りから1週間後、県警の警備部長から「告発状」の正式受理が告げられた。受理に当たっては当然、警察庁に照会が行なわれたと推察されるが、「告発状」を受理する事によって先に指摘した渡航制限違反を容疑内容とする逮捕状の発付と拉致(略取誘拐)されて北朝鮮に連れ込まれた可能性との矛盾はいっそう際立って来たのである。

 そして平成24(2012)年12月末に警察庁が開示した拉致の可能性を排除できない失踪者の「都道府県別・調査対象者数」(868人)という資料において唯一人、福留貴美子さんだけが警察庁・国際テロリズム課の所管とされた。

 ここで留意しなければならないのは、福留さんと同様に「よど号」メンバーの妻であり、現在も北朝鮮にいる森順子(旅券返納命令違反と石岡・松木両氏の拉致容疑で国際指名手配)と若林(黒田)佐喜子(渡航制限違反及び虚偽申請と石岡・松木両氏の拉致容疑で国際指名手配)の名前が登場していない事である。森と若林は旅券法違反に加えて拉致の実行者として国際手配されているのだから当然なのだが、今だ日本へ帰国していない「よど号」メンバーの妻(3人)の内、福留さんだけが<調査対象者>として別枠の扱いを受けている事に注目する必要がある。

 そして遂にと言うべきだろう、平成25(2013)年5月に参議院の有田芳生議員が提出した質問主意書に対して政府は「福留貴美子氏に係る事案については、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案として、関係機関が連携を図りながら、捜査・調査を推進している」とした上で「これまでのところ、北朝鮮による拉致行為があったことを確認するには至っていない」と答弁したのである。

 福留事案は、平成17年から8年の時を経て「拉致被害者として考えていない」から「北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案」へと様相を変化させたと言えよう。

 それでは、福留さんに発付された逮捕状は現在どうなっているのだろう。更新を続けて今なお有効なのだろうか。これに関しては詳細が分からないのだが、警視庁としては本人の帰国や関係方面への捜査に備えて更新を続けていると推測するのが自然だろう。

 ただ、福留さんへの逮捕状の請求と発付は為されていても、通常は行なわれる筈の指名手配がされていないという意外な話がある。

 福留事案は「よど号」グループの動向と密接に絡んだ特殊な事案であり、様々なインテリジェンスの網目を解きほぐす作業が必要な難解な事案でもある。公開捜査には最も相応しくない事案なのだろう、という推察は出来る。

 しかし公安警察は、福留さんが北朝鮮へ入国した事による旅券法(渡航制限)違反での逮捕状請求と、福留さんが拉致(略取誘拐)された可能性を排除出来ないという、相容れないアポリアに陥っているのである。


|

« 金ヘギョン | トップページ | 圭運丸事件で検察・警察・海保合同捜査へ  »