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2014年7月15日

温海事件の謎

【調査会NEWS1599】(26.7.15)

 温海事件は昭和48年8月3日に鶴岡市の海岸から上陸した北朝鮮工作員を山形県警が検挙した事件です。『戦後の外事事件』(外事事件研究会著・東京法令出版)には、被疑者崔光成(当時45歳)・余興錫(当時33歳)が国道を歩いていた2名を逮捕したと書かれています。

 しかし、不思議なのはこれに続いて同書では北朝鮮赤十字会が「遠洋連絡船が遭難し、三人が行方不明になったので救援を依頼する」という電報を打って遭難を偽装しようとしたなどと記されています。そうするとあと1名はどうなったのでしょう。

 警察関係者の知人によれば当時警察庁外事課長は、
●温海町(現在の鶴岡市)の海岸に3名が上陸、●1名は上陸直後に逮捕、●1名は翌日の早朝、日も当たらない海岸に海パン一丁で転がっているところを逮捕、●1名は逃走、所在不明、●ゴムボート、リュックサック、無線機、暗号表、乱数表、日本円、着替え、歯磨き、日本製のタバコ、日本製の薬などを所持、などと話していたとのこと。『戦後の外事事件』とは大分異なります。

 この事件については私自身前から気になっていたので出発前にできるだけ調べておきたいと思いますが、この工作員上陸の5日後には東京のホテルから野党政治家だった金大中氏(後に大統領)が韓国情報機関によって拉致された、「金大中事件」がありました。意味は異なりますが、南北の情報機関からやられていたということになり、何とも複雑です。

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