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2016年12月 8日

鹿児島特別検証報告 【調査会NEWS2348】(28.12.8)

 遅くなりましたが薩摩半島西岸の特別検証について報告します。今回ご協力いただいた皆様・報道いただいた皆様にあらためて御礼申し上げます。お気付きの点等ありましたらお知らせいただければ幸いです。
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28.12.8

特別検証4(鹿児島県薩摩半島西岸)報告

 平成28年11月25日、特定失踪者問題調査会は久多島及び吹上浜を中心とし薩摩半島西岸を海上・陸上から検証した。以下はその報告である。

1 特別検証の目的

 薩摩半島西岸の吹上浜では市川修一さん・増元るみ子さん拉致及び周辺における不審人物・不審船の目撃情報は多数寄せられており、調査会でも1万キロ現地調査の第4回(平成23年11月12日)及び地域を限定した特別現地調査(平成25年9月4日)など調査を行ってきた。

 今回は吹上浜を含む薩摩半島西岸でなぜ多数の証言が集まるのか、なぜこの地域が工作員の上陸に頻繁に使われたかを検証した。また、1万キロ現地調査などの調査結果から推定するとこの地域への上陸の際久多島が中継地点として使われたと推定され、久多島周辺も調査することとなった。

2 参加者(○印乗船)

調査会役員:○荒木(代表)・○岡田(副代表)・○村尾(専務理事)・○武藤(常務理事)・○杉野(常務理事)・○森山(理事)

家族会:○増元照明さん(増元るみ子さんの弟・前家族会事務局長) 

特定失踪者ご家族 :前山利恵子さん・○光秋さん(園田一さん・敏子さん夫妻の娘夫婦)・村岡育世さん(田中正道さんの妹)

その他:○萩原遼「拉致と真実」発行人

※今回の検証にあたっては池満渉日置市議及び迫政昭参事はじめ江口漁協のご協力をいただいた。

3 日程 平成28年(2016)11月25日(金)

4、概要
7:30 東横イン鹿児島中央駅西口(鹿児島市西田2-28-10)前出発
8:30 日置市江口漁港到着 ブリーフィング
9:00 出港・吹上浜及び久多島周辺の検証(船舶は江口漁協の協力により本隊1隻及び報道関係等3隻)

(1)久多島

 まず久多島に向かう。久多島は吹上浜から10キロ沖合に浮かぶ無人島。高さ29m、周囲1380m。切り立った岩でできている。人の住む場所はおろか平らなところがほとんどない。当初この島に拠点がある可能性も考えたが、今回の検証でその可能性が低いことが分かった。海上からの目標としては絶好なので、このあたりで工作母船と子船の離脱回収が行われたと考えられる。

 なお、前回山口県での検証の折昭和57年(1982)に青海島に上陸したことのある李相哲・元北朝鮮作戦部戦闘員(仮名)に同行してもらった際、李氏は母船子船の離脱回収地点を沖合の相島南方、つまり陸地側だったと証言した。通常考えれば陸地側に停泊すれば目視されやすくて不利なのではないかとも思えるが、実際にはその可能性は低く、それより波が静かな陸地側を選んだのだろう。久多島も周囲を回ってみて陸地側の方が波が静かで停泊させやすいことが分かった。

 久多島に来てみて陸地を展望し、ドローンを用いて上空からの撮影を行った。はっきりと分かったのは吹上浜周辺に目標物が少ないということである。一番はっきりと見えたのが金峰山であり、久多島と金峰山を結ぶ線の上に伊作川の河口がある。そして河口から2キロ程度北にいくと市川さんの自家用車やサンダルが発見された場所になる。

 これらのことから考えると工作船は久多島を目標にやってきて、久多島の周辺で子船を離脱させ、伊作川の河口など、上陸地点に向かったものと思われる。 このような位置関係は、この地域が頻繁な工作員の密出入国に使われたことを推定させるものであり、入る側としては極めて使い勝手が良かったということだろう。目撃証言などが多いことも納得がいく。

(2)吹上浜

 久多島の後、吹上浜に向かう。海上から見てここには海岸と防風林の続いているところであり、目標とできるものがほとんどないことが分かった。久多島から金峰山を目指して進み、海岸に近づいたら発光信号を目標に上陸するということかも知れない。

 それにしても市川さん・増元さんの拉致が本当にここで行われたのだろうか。富山の未遂と同じだとすれば駐車場から海岸の間で拘束され袋に詰められて防風林の中に放置され、夜になってからゴムボートで工作子船に移送されたということになる。一応それで理屈はつくのだが、しかし遺留品の写真などからすると薩摩湖で写真を撮ってから車で移動したとして、海岸に着いた時間はほとんど日没ぎりぎりである。海上から見たときもこの開けた海岸にゴムボートを着けて抵抗する2人を乗せていったのだろうかと感じた。
 ちなみに警察庁のホームページには市川さん・増元さん拉致について次のように書かれている。

「昭和53年(1978年)8月12日、鹿児島県日置郡において、市川修一 (いちかわ しゅういち) さん(当時23歳)が増元るみ子 (ますもと るみこ) さん(当時24歳)を誘って吹上浜に夕日を見に行くと言って外出したまま帰宅しなかったもので、同14日に吹上浜のキャンプ場付近で、市川さんの車両がドアロックされたまま発見されました。増元さんも、家の者に市川さんと吹上浜に夕日を見に行くと言って外出したまま消息を絶ちました。
  警察では、関係者から事情を聴取し、付近の聞き込みや類似事件との比較などを行い、さらに関係各機関との情報交換など、必要な捜査を行った結果、北朝鮮による拉致容疑事案と判断しています」

 この文章には2人がどう拉致されたのかについて書かれていない。すでに36年が経過した事件であり、北朝鮮も拉致を認めているのだから発表して不都合とは思えない。考えてみると2人に限らず、認定しているほとんどの拉致被害者について、警察が公式にその状況を発表していないのはなぜなのか。検証途中ふとそんなことが頭に浮かんだ。

(3)伊作川河口

 前述のように久多島と金峰山を結ぶ線上に伊作川の河口がある。今回も河口入口まで行ったが、乗船した船は水深の関係で河口手前までしか行けなかった。A氏が「黒っぽい鉄製の船」を見たと証言した場所までは800メートル程ある。しかし前述李相哲氏は工作子船がスクリューを跳ね上げることによって水深75センチのところまで入れると言っており、そこまでは十分入れたと思われる。変化の少ないこの周辺では伊作川河口は最も選択しやすい目標物である。
 
12:00 帰港 ブリーフィング後昼食 その後陸路吹上浜へ
14:30 地上からの検証

(4)吹上浜駐車場及び海岸

 午前中海上から見た場所を陸上から検証。海岸ではドローンも使って周囲の状況を撮影した。あらためて考えると現時点で分かっているのは駐車場にあった市川さんの車と、駐車場から海岸に向かう道の脇に放置されていた片方のサンダルだけだった。事件から1週間経った8月19日付読売新聞鹿児島版にはここから1.5キロ離れた鹿児島交通(現在は廃線)の吹上浜・薩摩湖間の線路際の松林でTシャツとジーパンが発見されているが、市川健一さんに確認したところ、現物を妹さんが確認し別人のものと判明しているとのこと。逆に言えばそのあたりまでかなり徹底した捜索が行われたということでもある。それで発見された本人の遺留品がこれだけとなると、例えば薩摩湖周辺で拉致され、別の場所に移送された後、車とサンダルは偽装のために海岸近くで遺棄されたという可能性もあるのではないか。海上から見て目標物がないことからしてもそのような疑念を感じた。

(5) 伊作川

 A氏目撃証言の現場で検証。川辺まで下りてみたが、水深75センチで走れるならここまで来ることは十分可能であると思われた。現在は「砂丘橋」という橋がかかっているが目撃当時は橋はなく、当然ここまで来る人間は少なかったと思われる。また伊作川は河口近くで大きく蛇行しており、死角になる部分が多い。その意味でも潜伏するのには適当だったのではないか。

 以上の検証が終了後ブリーフィングを行い解散した。

関連情報

 (1)市川さん・増元さん拉致当時の吹上浜関連情報

●A氏 市川さん、増元さん拉致前日の昭和53年(1978)年8月11日金曜日夕刻、国民宿舎「吹上砂丘荘」から奥の海岸に車で出たところ、黒っぽい鉄製の船を目撃した。車を反転させて戻ろうとしたとき、6〜7名の黒っぽい服装の集団が車に近づいて来たが、異様な雰囲気(殺気)を感じ車で避退した。何人かがドアに当たった感じがしたが突進してそのまま逃げた。

●B氏 市川さん、増元さん拉致当日の昭和53年(1978)年8月12日夕刻、夕日を見るために吹上浜に立ち寄った折、駐車場に停められている市川さんの車両や海岸に小型の船と伝馬船が着岸しているのを目撃するとともに同所でステテコ姿の不審な男と出会い会話したが、こちらの話す言葉をあまり理解できていないようだった。

●C氏 昭和53年8月12日、網を引くために吹上浜に行った際、車を置いて海岸に行く途中で茶色のゴム草履が片方放置されているのを見て何故片方だけ?と思いながら歩いて行く途中で上半身は白の半袖シャツ、下は黒の膝までピッタリしたパンツ姿の全員で鍛え上げられた肉体の7〜8人の集団と出会い、緊張しながら集団の中を通り抜けた。海岸に出ると、沖合に茶色の船が停泊しているように見え、海岸にはエンジン付きの黒いゴムボートがあり、傍に黒い潜水服に酸素ボンベを背負った人間が一人立っていた。

●D氏 昭和53年8月のお盆前後、吹上浜の海岸に向かう路上に駐車し食事を摂っている最中に前方からアロハシャツのような服にスニーカータイプの靴を履いた30代と思われる3,4人のヤクザ風の男たちが歩いてきて車の横を通り過ぎて行った。足音が揃っているのが印象的で、市川さん増元さん拉致事件が発覚して情報提供の呼びかけに応じ警察には話した。

●E氏 昭和53年(1978)年8月某日、会社の行事で吹上浜のキャンプ場に行った夜、吹上浜で人影と沖合にサーチライトでモールス信号を目撃。そのときは自衛隊が訓練でもしているのかと思っていた。

●F氏 吹上浜の駐車場(市川さんの車両が駐車されていた場所と同一)に車を停め、降りて浜に行こうとしたとき、助手席側、運転席側の両方向から40歳代で刈り上げた髪型の男がそれぞれ1人ずつ棒のようなものを投げながら近づいて来たため、急いで車に戻りドアにロックをかけた。

●G氏 お盆のころ、吹上浜に行くと浜辺を4人くらいの男たちが腰まで水に浸かりながら船を引き揚げていた。こちらを見つけ、向かってきたので急いで車に戻った。
 
●H氏 時期不詳、吹上浜に二人で車で行ったところ、4〜5人の背広服姿の男たちに襲われボコボコにされた。

(2) その他情報
●I氏 吹上浜の南に位置する加世田市(現・南さつま市)高橋の海岸で花火大会があり、友人と二人で大会終了後に黒い車に追いかけられたため自転車で逃げ松林に逃げ込んで難を逃れた。

●J氏 時期不詳、夜間南さつま市坊津町付近の海上を船で走行中、突然闇の中から工作船に似た小型船が現れ灯火を点けたため激突寸前で回避した。

●K氏 救う会が把握した情報ではK氏(漁師)は市川さん・増元さん拉致の前日、久多島の北方約5kmの地点で一人で漁をする地元の漁船を灯火を消したまま尾けてきたため、気味が悪くなって港に逃げ帰ったという。また当時「海上で航海灯を消した船が別の光を点滅させていた。吹上浜でも点滅する光が見え、互いに合図をしているようだった」という情報や「無灯火の不審船を見た」という複数の漁師の証言があったという。

●L氏 市川さん・増元さん拉致の前年秋口(バショウカジキ漁中)の夜8時ころ、久多島付近にて夫婦で流し網を設置後に、船上で休息していた。L氏は船の後部甲板で仮眠、奥さんは船内で仮眠。近くでザワザワと声がしたので上半身を起こして凝視すると2トンくらいの小型船がいて、船首をこちらに向け、傘付きの電灯を灯し、5・6人の男たちが船首部分に背をかがめて(匍匐前進のような態勢)並んで、こちらを物色するように見ていた。不気味に思ったが、再び仮眠した。その後、作業再開したときには、先ほどの不審船は陰も形もなかった。当時漁民間のトランシーバーでは「猛スピードで走る小型船がいるので、注意したほうが良い」との情報があった。その時は、拉致の話題もなく、無関係と思っていた。しかし、翌年「拉致事件」が発生して、もしかしたらと思った。目撃した「小型船」は、テレビで見た「大型船の内部に格納されたもの」にも思える。従って「久多島の裏側」にでも、大型船が待機していたのではないか。

(3)特別検証の報道を見てその後提供された情報

●M氏・Nさん(夫婦)市川さん増元さん拉致の頃、家族で吹上浜キャンプ場前の砂浜でジープに乗っていたら、松林の枯れ木の間から旧国鉄の紺色のような制服を着た二人組が睨んでいた。頑丈そうな体格の二人に、殺気みたいなものを感じて、怖くなり急いで帰った。

●Oさん 昭和50年(1975)夏頃3家族でに吹上浜キャンプ場でキャンプをした(当時小学生)。ロッジには大人と子供が別れて宿泊、子供のロッジは一番海側、すぐ側は竹林だった。部屋には弟と親戚の3人。大人達は別のロッジで宴会中。夜、物音がしたので窓を開けると男がいきなり覗き込み「お父さん達は向こうへ行ったから連れて行ってあげる」と日本語で話した。背後には複数の人影が見えた。最年長だったので「出てって下さい!」と大声で叫び、バスタオルで引っぱたいた。するといきなり下半身を掴まれた。さらに抵抗すると男は逃げて行く。人数は5、6人。作業服のような服装。

 以上の2件は場所も近く、(1)の国鉄の制服というのは昔機関士などが来ていた「ナッパ服」と言われる作業服だと思われる。子供への声のかけ方は藤倉姉弟(昭和55年広島で失踪)の失踪と通じる可能性がある。また「キャンプ場」というロケーションは大屋敷正行さん(昭和44年沼津で失踪)のことを思い出す。

(4)追記

 A氏からOさんまでの証言はもちろん、全て北朝鮮工作員がらみであると検証されているわけではない。中には記憶違いや別件不審者の見間違いということもあるかも知れない。しかし「5、6人」「体格が良い」「殺気」「作業服」などのキーワードは他の地域で目撃されている北朝鮮工作員と思われる人物の印象とも通じるものがある。また検証後の二つの情報もこれまで人に話していないことが検証の報道をきっかけに証言されたものであり、まだ表に出ていない情報は多数あると思われる。

 吹上浜に関する現地調査及び特別検証などで提供された情報を総合して見ると、目撃された人物たちが拉致に関与したと仮定すると人数の多さが問題となる。工作員関係については、海上から来る工作員は侵入・潜伏目的以外では通称案内人と呼ばれる2名(指揮者「組長」と船外機の操縦手)が主体。

 ゴムボートは美浜事件(平成2年10月、福井県美浜町に漂着)のゴムボートの全長は3.45mで九州南西海域工作船事件(平成13年12月、九州南西海域で自沈)の工作船に積載されていたゴムボートは全長4.6mで、移動時の乗船定員は4名から8名と考えられる。仮に陸上に拉致のために工作員が5,6人いたとするなら、その工作員と拉致被害者を乗船させるとなると全長5m以上のゴムボートでなければ身動きが取れない状態となる。

 昭和46年(1971)10月2日未明に起きた馬渡事件では指宿郡頴娃町(現南九州市)の馬渡海岸にゴムボートで工作員が侵入しようとし、2名が発見され警察の事情聴取を受けている。この事件に関して翌3日付の地元紙「鹿児島新報」はゴムボート2隻が着岸し6名の上陸が認められたとしている。記事によれば2名の在日朝鮮人が同町内で発見され任意で事情聴取されたが残りの4名は小型船で逃走したとのこと。

 一方平成23年(2011)11月12日に実施された特定失踪者問題調査会一万キロ現地調査第4回の折、当時工作員を見つけて警察に通報した男性は、「上陸しようとしたのは4人、浜には荷物を持った2人の背広姿の男がいた」と説明した。

 労働党の機関が行う場合、海上からゴムボートで着岸する工作員は作戦部所属の戦闘員2名程度で、その任務はあくまで運搬役であり、見張りや実行部隊は日本国内に居住する固定工作員や協力者を状況に応じて編成していたと思われる。

 この推論をこれまで現地調査及び特別検証で収集した情報と付き合わせるとともに、今後情報をさらに収集、公開し、政府に対しても一層の情報開示を求めていく。

<現在「しおかぜ」の放送時間と周波数は以下の通りです>

22:00〜23:00 短波7410kHz 6145kHz 5935kHzのいずれか
23:05〜23:35 短波7325kHz 5935kHz 5910kHz(100kW)のいずれか
23:30〜24:00 中波1431kHz
01:00〜02:00 短波6180kHz 6110kHz 6085kHzのいずれか

<調査会役員の参加するイベント(一般公開の拉致問題に関係するもの)・メディア出演・寄稿・特定失踪者問題に関する報道(突発事案などで、変更される可能性もあります)等 >
※事前申込み・会費等についてはお問い合わせ先にご連絡下さい。

・12月10日(土)「ふるさとの風・しおかぜ共同公開収録」(政府拉致問題対策本部事務局・特定失踪者問題調査会主催)
・イイノホール(千代田区内幸町2-1-1 地下鉄霞ヶ関駅C4出口直結)
・専務理事村尾が参加
・問合せ 調査会

・12月11日(日)「集まれ、山陰特定失踪者の集会in松江」(東アジアネットワーク主催)
・松江ニューアーバンホテル(松江市西茶町40-1 一畑電車松江しんじ湖温泉駅徒歩7分0852-23-0003)
・代表荒木が参加
・問合せ 石原代表(090-9417-8363)

・12月18日(日)13:30「拉致被害者全員の帰国実現を訴える!12.18山口県民集会」(集会実行委員会主催)
・山口県立図書館(山口駅徒歩20分 083-924-2111)
・代表荒木が参加
・問合せ 渡邊さん(090-3300-9686)

・12月22日(木)18:30「予備役ブルーリボンの会シンポジウム」(同会主催)
・堺市産業振興センター(大阪府堺市北区長曽根町183 中百舌鳥駅から300メートル)
・代表荒木が参加
・問合せ info@yobieki-br.jp

平成29年

・1月14日(土)17:30「予備役ブルーリボンの会シンポジウム」(同会主催)
・TKPガーデンシティ天神(地下鉄空港線天神駅1番出口すぐ 092-720-8003)
・代表荒木が参加
・問合せ info@yobieki-br.jp 

・1月15日(日)13:30「拉致問題を考える国民の集い」(政府拉致問題対策本部・広島県・救う会広島主催)
・広島県民文化センター(広電市内線紙屋町下車徒歩3分)
・代表荒木が参加

・1月28日(土)10:30「国際講座」(拓殖大学海外事情研究所主催)
・拓殖大学文京キャンパス(丸ノ内線茗荷谷駅徒歩5分)
・代表荒木が参加
・問合せ 拓殖大学オープンカレッジ課(03-3947-7166) 

・4月29日(土)17:30「予備役ブルーリボンの会シンポジウム」(同会主催)
・にぎわい交流館「あう」(秋田駅前 018-853-1133)
・代表荒木が参加
・問合せ info@yobieki-br.jp 

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・チャンネル桜【防人の道NEXT】靖国の宴〜国を問わない英霊の語らい-荒木和博氏に聞く[桜H28/8/24]
・代表荒木が出演
・YouTubeで視聴可能
https://youtu.be/oBSXH4yPqzw

・channel AJER(チャンネル アジャ)では代表荒木の担当する番組『救い、守り、創る』を送信しています。会員制ですが1回30分の番組の前半は無料で視聴していただけます。
http://ajer.jp
※特定失踪者に関わる報道は地域限定であってもできるだけ多くの方に知らせたいと思います。報道関係の皆様で特集記事掲載や特集番組放送などについて、可能であればメール(代表荒木アドレス宛)にてお知らせ下さい。
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<荒木共著『自衛隊幻想」』(産経新聞出版) >
・定価1200円(税別)
<荒木著『靖国の宴」』(高木書房刊) >
・定価1000円(税別)
<荒木著『北朝鮮拉致と「特定失踪者」』(展転社刊) >
・定価1800円(税別)
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特定失踪者問題調査会ニュース
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発行責任者 荒木和博(送信を希望されない方、宛先の変更は
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