めぐみさん拉致に関する二つの重要な点 【調査会NEWS2420】(29.3.21)
以下は本日発表した資料です。長文で申しわけありませんが、前のニュースの総理への手紙の以下の部分の解説としてお読みいただければ幸いです。
1、横田めぐみさんの拉致現場はこれまで言われてきた営所通から横田家方向に曲がる角ではなく、その先、横田家の南隣の家付近の角のあたりである。つまりめぐみさんはあと僅かで帰宅できるというところで拉致されたということになる。
2、少なくとも新潟県警及び警察庁、おそらくは政府も含め、上層部は事件直後から本件が北朝鮮による拉致事件であると認識していた。
<発表文書>-------------------------
平成29年3月21日
横田めぐみさん拉致事件について
特定失踪者問題調査会
特定失踪者問題調査会では昨年末から横田めぐみさん拉致事件に関わる各種情報の収集と整理を行ってきた。これは特定失踪者の調査を行う上で政府認定拉致被害者の拉致状況が一つの指針となること、さらに拉致問題全体で誤解あるいは隠蔽されてきた部分が極めて大きく、それを明らかにするためにも政府認定拉致被害者に関する調査が必要であると考えた次第である。
その一環として横田めぐみさんの拉致についても特別調査班を中心に情報の見直しを行ってきたところ、いくつかのことが明らかになった。特に後述する2点については極めて重要だと考えるため、3月24日に予定される特別検証を前にして発表し、当日再度の検証を行うものである。
今回、当会が横田めぐみさんの拉致事件に関して再検証を行うきっかけとなったのは、後述する女子学生の水死事件の新聞記事である。
めぐみさんが行方不明となって10数時間しか経過していないときに同じ新潟市内の海岸で発見されたこの遺体について、警察当局がめぐみさんのご家族に身元確認を行っておらず、ご家族もこの水死体について全く記憶していなかったという事実が判明したことに端を発し、私たちは当時の対応に疑問を持ち始めた。
また、めぐみさんが拉致された昭和52年(1977)11月前後、新潟県内で幾つもの水死事件が報道されたが、そのいずれもが自死を示唆する言葉で締めくくられていた。これは警察当局の見解をそのまま記事にしたと思われるが、当会ではこれらの水死事件にも注目している。果たして当時新潟で起きた拉致は横田めぐみさんだけだったのか、失敗した拉致もあったのではないだろうか。
もちろん水死事件は全国で起きており、その全てが疑問の対象になる訳ではないが、家族にとって水死した理由が不明なまま「自死」として処理されてしまったケースがなかったかという点について調査することも必要と感じている。
<拉致現場について>
調査の結果、めぐみさんが拉致された現場は自宅を目前にした数メートルの位置にあるT字路交差点であると推定される。
① 事実関係
(ア) 証言
a) 曽我ひとみさんは初めて平壌の招待所でめぐみさんと会った際、めぐみさんが拉致された状況について「家に続く曲がり角で突然男に襲われた」、「すぐ近くの空き地に連れ込まれた」と聞いていたことを証言していた。
この証言と警察犬の立ち止ったとされる地点を合わせると、一般的に拉致現場とされていた地点に空き地があったためにこれまでの間、この地点を拉致現場として疑うことはなかった。(①の交差点位置)
また、別の情報で拉致現場とされる地点の近くにも空き地があった(②の交差点位置)ことから、どちらの地点も拉致現場とされても不思議ではなかった。
しかし、もう1ヶ所、横田家のすぐ近くにも空き地があった。(③の交差点位置)
b)事件当日の午後6時30分頃、横田家の隣家2階に下宿していた新潟大学の女子学生が自室内にいたところ「きゃっ、助けて!」と瞬間的な悲鳴を聞いていた。遠くから聞こえてきた声ではなかったため、直ぐに自室の窓を開けて外を窺った。しかし庭木が邪魔したのと、暗かったために路上は見えず、しばらくの間目を凝らし、耳を澄ませていたがそれ以上何の音も聞こえなかったため、窓を閉めてしまった。
翌日、大学の授業を終えて帰宅すると下宿先の奥さんから「昨夜、隣家の女の子が帰宅しなかった。新聞記者が取材に来た」旨を聞かされたため「昨夜、こんなことがあった」と悲鳴が聞こえたことを話すと奥さんから「すぐに警察に電話しなさい」と言われたため警察に通報した。その日のうちに捜査員が事情聴取に訪れたがこの際女子学生は状況をメモしていた物を捜査員に提出している。
2,3日後にまた捜査員が来て再度事情を聞かれた。その後、女子学生が大学に行っている時間帯に捜査員が下宿に来て、女子学生の部屋に入り窓を開けるなど、部屋の検分を行っていった。それ以降は警察から何の連絡もなく、20数年が経過した平成14年(2002)9月の小泉首相訪朝後、既に他県に住んでいた元女子学生のもとに新潟県警の捜査員が訪れ、当時提出したメモを持参して筆跡が元女子学生のものか等を確認し、再度事情を聴取していった。
c)めぐみさんが拉致され行方不明となった後、捜査員は横田家周辺の聞込みも行っていたが、A捜査員が周辺を回るときに母・早紀江さんも一緒について回っていた。この時、A捜査員はこれまでの聞込みの際に「おかあさん!」という声を聞いた人がいると漏らしたが、早紀江さんが確認すると「間違いだった」と言われ、何処の誰がそのような証言をしていたのか話してもらえなかった。
(イ) 地理的条件
前述のようにめぐみさんが拉致された場所は、①のT字路の交差点とされてきた。また、別途情報②のT字路交差点との説も出ていた。
しかし、いずれの場所も、改めて確認してみると、めぐみさんが拉致された当日夜に出動した2頭の警察犬が立ち止ったとされる地点であって、遺留品や拉致の痕跡が発見された場所でもなかった。
当時めぐみさんが拉致されたとされる地点には営所通りを挟んだ向かい側(西大畑町)には新潟大学の商業短期大学部キャンパス(本部は旭町の本校内)が設置されており、この学部は1学年80名規模の夜間の3年制で夕刻から授業が行われていたとの証言があり、めぐみさんが拉致された当日は平日でもあることから夕刻の時間帯には学生の行き来もあったと思われ、「人目に付く場所」であった。
この商業短期大学部前にはバスの運行路線(現在の浜浦町線)があり、夕刻の時間帯でもバスが運行していたことが窺える。現在の運行時刻表では午後6時台でも約10分に1本の割合で合計6本のバスが走っており、周辺の住宅事情も極端に変化が見られないことから、当時も同じような本数が運行されていたものと思われ、車両の通行もあった場所である。拉致をする側から考えれば待ち伏せや尾行などの目撃されるリスクが大きく、使われる可能性は低いと推定される。
② 結論
今回、めぐみさんが拉致された当日夕刻の時間帯に横田家隣家に下宿する女子学生が瞬間的にではあるが「きゃっ、助けて」という声を聞いていたこと、曽我ひとみさんがめぐみさんから聞いていた拉致状況、夕刻とはいえ人や車の通行もあったとされる営所通りで拉致を実行することで事が露見する危険性のリスクなど、総合して判断すると、実際にめぐみさんが拉致された現場は、自宅を目前にした数メートルの位置であると考えられる。
ここは警察犬が立ち止ったとされる位置からは相当の距離があるが、めぐみさんが拉致された時刻から警察犬が捜索に投入されるまでの時間経過や、めぐみさんが歩いた同じ道路上を家族を含め幾人もの人々が捜索のために歩き回っていたことなど、複数の要因が重なって警察犬による足跡追及に何らかの影響を与えてしまった可能性があると考えている。
<警察上層部の認識について>
警察組織の上層部は事件当時からめぐみさんの失踪を北朝鮮による拉致事件と認識していたものと思われる。
① 事実関係
a)拉致当日の夕刻、午後6時30分を過ぎても帰宅しないめぐみさんのことを心配し始めていた母・早紀江さんは、午後7時を過ぎて1人で通学先の寄居中学校に行ったが既にクラブ活動は終わり、生徒は残っていなかったため、急いで自宅に戻りめぐみさんの弟2人を連れて通学路沿いを探し、海岸までも探し回ったがめぐみさんの姿はなかった。クラブ活動の顧問にも連絡し、早紀江さんからの連絡を受けた父・滋さんも帰宅して付近を捜したが見つからないという事で午後9時50分、警察に通報した。
b)通報を受けた警察は直ぐに所轄署の新潟中央署と新潟東署から捜査員を横田家に派遣した。警察犬は2頭が出動し、めぐみさんの足跡追及のため、ご家族からめぐみさんのパジャマを借り受け、めぐみさんが最後に同級生と別れた交差点からめぐみさんの足跡追及を行った。
c)新潟中央署は同時に全署員220名を非常呼集して捜査にあたらせた。
横田家には捜査員が電話の録音装置などを設置して待機し、横田夫妻も電話の傍で寝ていた。
d)水道町周辺には多数の警察官が出ており、当時水道町1丁目に住んでいた住民の一人は夜遅くに帰宅後、家族に「何か大きな事件があったんだね、警察官がいっぱい出ている」と伝えていた。
e)翌朝午前5時からは県機動隊760名を投入して松林の中などで捜索にあたらせた。
f) めぐみさんが行方不明になった翌日の16日午後、水道町から7〜8km離れた上新栄町の海岸で若い女性の水死体が漂着するという事案があった。この女性の身元が分かったのは17日である。しかし横田早紀江さんはこの遺体に関する身元確認をしておらず、その事実すら知らなかった。
G)現在から10年近く前、新潟市での講演に行っていた横田夫妻のところを事件当時新潟中央署長だった松本瀧雄氏が訪れ、「いなくなった時から、あの人たち(北朝鮮工作員)の仕業だと思っていた。ずっと表に出せず申し訳なかった。私が生きている間に伝えたかった」と語っていた。
②結論
めぐみさんが行方不明となり、家族からの通報を受けて警察は直ちに緊急配備などの対応を取っていたことは当時の報道記事からも明らかになっているが、冷静に考えるとこの捜査態勢には問題がある。
めぐみさんが行方不明となり、「身代金目的」の誘拐の線も疑って捜査員や電話の記録装置などを横田家に配置していた訳だが、本来このような捜査は人質となっている可能性がある人の生命の安全性を優先するため秘匿性が求められており、それゆえ被害者宅に出入りする捜査員には変装することや装置も偽装して持ち込むことを要求している。
ところが、めぐみさんの場合、確かに横田家には捜査員が配置されたりしているが、市
街地にも一般の住民が見て異常と感じるほど警察官が出ていたこと、まだ犯人からの連絡がなくても「誘拐」の可能性が晴れていないと思われる翌朝の午前5時から機動隊員を760名も投入して捜索に当たらせているという事は、仮にめぐみさんが身代金目的で誘拐されていたなら、犯人に暗に「どうぞ人質を処分してください」と言っているに等しい。
また、めぐみさんが行方不明となって24時間も経過していない、まさに大規模な捜索を行っている最中に水道町から7〜8kmしか離れていない海岸で若い女性の水死体が漂着しているにも関わらず身元確認を行っていなかったことは、当初から横田めぐみさんが拉致されたと認識しており、この水死体をめぐみさんの家族に確認させる必要を感じていなかったと推測される。
また松本署長が当時からめぐみさんが拉致されていた疑いを持っていながら約30年間、沈黙を守っていたことは、そのニュアンスからして本人だけの問題ではなく、警察庁などからの厳格な情報統制があったことをうかがわせる。前述の初動体制などは一警察署長の判断でできることではなく、最低限警察庁レベルの判断があったと考えざるを得ない。
なお、事件当時ではないが、平成6年(1994)頃、新潟県警の担当者は上司から他の課員にも知られないようにとの指示を受け、横田めぐみ失踪について調べていたという。この時期は韓国政府から日本政府に「1970年代後半にバトミントン練習帰りの中学1年生の少女が北朝鮮工作員に拉致された」との情報がもたらされた時期である。状況からすれば県警本部の判断ではなく、警察庁からの指示である可能性が高い。「現代コリア」平成8年10月号で明らかになった拉致された少女が横田めぐみさんと特定されたのは同年末であり、国会質疑と報道で氏名が公表されたのは翌平成9年(1997)2月だが、この数年前にも政府は横田めぐみさん拉致について知っていたということである。
本件と他の拉致・失踪との関係について
さて、これまでも私たちは拉致問題についての政府・警察の隠蔽を指摘してきた。例えば松原仁・元拉致問題担当大臣兼国家公安委員長は一昨年調査会の記者会見で大澤孝司さん(昭和49年佐渡で失踪)と藤田進さん(昭和51年川口で失踪)について、大臣在任中2人が拉致されて北朝鮮に生存していると認識していた旨明らかにしている。しかし、2人ともその後拉致認定はなされていない。政府認定拉致被害者ですら、具体的にどのように拉致をされたのかについては、警察は明らかにしていない。特定失踪者になれば論外である。
山本美保さんDNAデータ偽装事件は、明らかに政府中枢がかかわる拉致問題のもみ消しである。これは論外としても、拉致と分かりながら担当官庁が明らかにしてこなかった問題は、おそらく総理大臣ですら手を付けるのが難しかったのだろうし、いわんや現場の担当者に責任を負わせることはできない。
また現在の担当者もこれまでのことを受け継いでいるだけであり、例えその対応に疑義があったとしても、現実には疑問を呈することはできないだろう。したがって、過去のこと、現在までのことについて責任を問うべきではないと思う。
しかし、総理大臣から現場の担当者まで、未来に対する責任を負っていることだけは間違いない。これまでが誤っていたという認識に基づいて次の策を立て、実行していかなければ、現在の被害者も帰ってこないし、今後さらに被害者が出る可能性すらある。
今回拉致問題の象徴であり、これまで膨大な報道がなされてきた横田めぐみさん拉致ですら、重要な部分が欠落していたことが明らかになった。おそらく、同様の事象は他の政府認定拉致被害者・特定失踪者についても多数あるのだろう。私たちはもちろんこれまで通りの調査を続け、真相究明に努めていくが、政府・関係機関におかれてもこれまでに少なからぬ誤りがあったとの前提で、あらためて拉致問題に取り組まれるよう期待する次第である。
以上
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