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2017年7月28日

やまと新聞 「靴の底」

以下、「やまと新聞」(インターネット、7月28日に書いたものです)。
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 前回「忘れ物」について書きました。忘れ物をするのも恥ずかしいですが、もっと恥ずかしい話を続けます。
 
 荒谷卓・陸自特戦群初代群長と伊藤祐靖・海自特警隊初代先任小隊長をはじめ予備役ブルーリボンの会のメンバーで去年書いた『自衛隊幻想』(産経新聞出版)では拉致問題から自衛隊の矛盾、自衛隊に対する一般の幻想などに言及しています。現役・OBの自衛官には「幻想」という言葉に拒絶反応を示す人もいれば「胸のつかえが下りた」と言ってくれる人もいます。
 
 また、同じ予備役ブルーリボンの会のメンバーで元潜水艦長の中村秀樹さんが書いた『日本の軍事力 自衛隊の本当の実力』(KKベストセラーズ)では自衛隊のスタートの時点からの矛盾が様々な角度から述べられています。読んでいると正直頭を抱えます。「軍国主義になる」と言って反対する皆さんも、「自衛隊なら大丈夫」と思っている皆さんもどっちも幻想にひたっているとしか思えません。
 
 前述の伊藤氏がかつて外国の将官から「お前の国は凄い、自警団が戦車を持っているのか」と言われたことがあると言っていました。自衛隊の英語名「Self Defence Force」というのは確かに自警団と思われても仕方ありません。だから自衛隊は外国に行けば大抵の場合Army(陸軍)、Navy(海軍)、Air Force(空軍)と自称しているのです。そうしないと外国人にはわけが分からない。
 
 戦争に負けて軍が解体され、二度と米国に刃向かえないように憲法まで作られてがんじがらめにしばられた日本ですが、冷戦の深刻化と朝鮮戦争によってその米国が方針を変え、しかしいまさら軍隊を作れとも言えないので「警察予備隊」なる奇妙な名称の組織が作られました。日本国内でも吉田総理や内務官僚を始め軍に反感を持っていた勢力はともかく軍隊の復活は許せないと思っていました。独立国が軍隊無しで存在できないことは当然です。しかし日本ではこのスタートからボタンを掛け違えた組織を「軍隊ではない。だから憲法には違反していない」という屁理屈でごまかし続けてきました。
 
 皆さんは「自衛官」と「自衛隊員」の違いをお分かりでしょうか。「自衛官」とは制服組のこと。「自衛隊員」は防衛省の文官も含めた呼び方です。普通考えたら逆ではないでしょうか。背広組も入れて「自衛官」、制服だけなら「自衛隊員」の方が自然です。逆になっているのはおそらく自衛隊を独立した存在にしたくない、少しでも「軍隊」から遠ざけたいと思った誰かがやったことのように思います。
 
 「占領軍」はいつのまにか「進駐軍」と呼ばれ、それがさらに「同盟軍」になっています。しかし米国に日本を守る義務があっても日本は米国を守る義務を持たない、これは本来の意味の同盟とは異なります。「基地を提供しているから同盟だ」とか言っていた学者さんもいましたが、交番を建てるために自分の家の土地を提供し、ときどきはジュースの差し入れくらいしたからといって一緒に地域を守っていることにはならないでしょう。
 
 敗戦によって過去を否定され、原爆や空襲によって民間人が大量虐殺されたことにも何の抗議もできなかった日本はある意味で米国の靴の裏を舐めさせられたと言えるのではないか。あるいはそれが日本が初めて経験した「敗戦」というものだったのかも知れません。しかし、靴の裏を舐めている屈辱を噛みしめるよりは、靴の裏を舐めていること自体を忘れた方が楽です。場合によっては「靴の裏というのも舐めてみれば意外と良い味がする」と思ったかも知れません。
 
 高度成長が始まる1960年頃から1970年代はまさに靴の裏を舐めているという感覚を自衛隊が、政治が、そして日本全体が忘れていった時期なのではないでしょうか、前回書いたのは要はそういうことです。この時期自衛隊では旧軍出身の人たちがリタイアしていきます。「自衛隊と言っているけれどこれは本当は軍隊で、戦争に負けたから仮の名前にしているのだ」「護衛艦と言っているが本当は駆逐艦だ」「普通科と言っているがこれは歩兵のことだ」というように置き換えていたのが、最初から「自衛隊」「護衛艦」「普通科」になっていきました。
 
 しかしこれでは本当の意味で国家を護ることはできません。そして、だからこそ拉致が行われ続け、救出もできない状態が続き、そこに自衛隊が関わることすら許されなかったのです。この現状は地道に世論を高め、国会で議論をして手順を踏んでいるだけでは絶対に変わりません。それができるくらいなら独立回復のときにもできたし、70年安保や三島事件、あるいは拉致問題などがきっかけでできたと思います。しかし、根本は何も変わっていません。
 
 自衛隊は、臨時雇いとして片足を突っ込んでいる目からすれば、極めて真面目な組織であり、能力もあります。日本は鎌倉幕府以来の歴史の大半が軍人による政権で、精神的な意味でも軍人ー侍ーの意識が基本にあります。何かの拍子にスイッチが入れば社会全体まで含めて急に変わる可能性はあると思っています。能力があり人もいるのですから、拉致被害者の救出も含めて、これまで想像もしていなかったようなことができるはずです。
 
 近代以来、日本は世界中のほとんどの大国と戦争をしてきました。そして負けたのは米国だけです。植民地として世界を支配していた欧米列強は日本との戦争の結果その大部分を手放すことになりました。戦争目的の半分は実現したとも言えるでしょう。
 
 「靴の底を舐めている」というのは非左翼の人たちの中でも抵抗が多いと思います。しかも、そう簡単にそれを止めることができないという現実も認めがたいでしょう。でも、やはり問題は私たちの中にあるのです。「憲法が悪い」「マスコミが悪い」「政治家が悪い」…、全ては結局自分たちに戻ってきます。高度成長を享受してきた自分自身、それが靴の裏を舐めていたのだということをしっかり認識していなければならないと思っている次第です。

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