寺越事件についてのライブ(令和2年11月26日)
昭和38年5月11日能登の高浜港画像の左側(南側)を出た1.5トンの漁船「清丸」はこの後ろ約200メートルくらいのところに網を仕掛けて右側方向の福良港で一旦休息。夜になってから網を引き揚げに行ったまま消息を絶ちました。「清丸」は空の状態で発見されましたが乗っていた寺越昭二さん・外雄さん兄弟と長兄の息子武志さんは死亡したものとされ葬式も行われました。しかしそれから24年後、外雄さんが北朝鮮で出した手紙が日本の家族に届きました。現在武志さんは平壌で暮らしていますが日本政府は拉致認定していません。今回はその現場でライブを行い、寺越昭二さんの三男内田美津夫さんと救う会石川の大口英夫代表(調査会理事)からお話しをお聞きしました。
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