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2020年11月20日

浜崎真嗣さんの「フィンランディア」【調査会NEWS3361】(R02.11.20) 

 私のYouTubeチャンネルにシベリウスの「フィンランディア」のさわりを載せました。ぜひお聞き下さい。

https://youtu.be/csasgDKa68Y

 クラシックなどおよそ門外漢の私がこれを載せた理由はその中でファゴットを担当しているのが特定失踪者浜崎真嗣(はまさきまさつぐ)さんだからです。

 浜崎さんは日本ビクター(当時)の社員で、平成12年(2000)1月6日東京日野市のアパートから失踪しました。当時25歳でした。学生時代はオーケストラに所属していました。

 その浜崎さんの九州大学オーケストラとビクター両方の先輩にあたる村岡輝雄元武蔵工大教授は長年浜崎さんのことに取り組んでこられました。村岡先生は音響の専門家で、音声データの中から必要な音を抜き出すGHAという技術の第一人者です。事故航空機のボイスレコーダー解析などもされています。

 村岡先生はその技術と趣味で、昔録音されたレコードやコンサートの音源を復刻したCDを多数製作されていますが、このたび作成された「追悼マエストロ荒谷俊治」というCDには平成7年(1995)12月の九大フィルのコンサートで浜崎さんがファゴットを担当する「フィンランディア」と「ハイドンの主題による変奏曲」が入っており、CDのジャケットには浜崎さんのことが詳しく書かれています。

 この演奏から4年余りして浜崎さんは忽然と失踪します。私にはファゴットの音を聞き分けることはできませんが、当時オーケストラの幹事長として中心的存在だった浜崎さんの姿を思い浮かべると複雑な思いです。

 以下少々長くなりますが村岡先生がCDのジャケットに書かれた文章を許可を得て全文転載します。CDは一般のレコード店で購入できます。

「KSHKO-82 追悼・マエストロ 荒谷俊治 シベリウス『フィンランディア』他」(2,667円+税 ディスクユニオン取扱い)

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(CDジャケット)

マエストロ荒谷俊治の音楽遺産

 音響技術研究者 村岡輝雄

 

[1] 荒谷氏の音楽遺産の継承

 豪華クス―ズ船「ダイヤモンドプリンセス」の横浜港着岸によって新型コロナウイルス・” COVID-19 コーヴィッド” の日本国内での感染者が報告され出した頃、私は日本最長老の現役揮者にして大学の先輩・荒谷俊治氏の追悼CDの制作準備を始めていた。

 荒谷氏の逝去を知ったのは新年の幕の内が終わった直後! その時には既に葬儀は終わっていてお別れの会の開催が未定の状態だったが、長年に亘って私に音楽に付いての色々な教示を戴いた荒谷氏への感謝を込めて、取急ぎ追悼CDを制作する事にした。

 私は大学時代には九大フィルハーモニーオーケストラ(以降九大フィル)に参加していて一度だけその指揮に浴しているが、一兵卒にすぎなかったのでお話する機会は無かった。しかし日本ビクター㈱に就職して音響技術研究部門に配属され同社の録音スタジオに出向いて音楽録音技術とレコードの研究に従事していた時に、荒谷氏が東京フィルハーモニー交響楽団を指揮してシューベルトの“未完成”のレコードを制作するスタッフに参加する事になり、そこで荒谷氏に「大学の後輩にして音楽録音技術の研究者」と紹介されたのが実質的な出合いとなった。

 爾来、私が録音スタジオでの研究を通じて修得した録音技術を提供して個人的に荒谷氏の演奏を多数回録音してその一部をCD化したが、それらの中で九大フィルの定期演奏会には毎回手弁当で出向いて、福岡在住の録音研究家・加藤綽男氏と一緒に録音を行って6枚の CDを制作した。荒谷氏は私の居住する横浜市に隣接する町田市の境界にお住いで、車で数km、折に触れて御自宅にお伺いして録音結果などをお聴きいただいてCD化のための音作りや収録した音楽の解釈などに関して音楽的なアドバイスを多々戴く事が出来た。

 1月に制作を開始した荒谷俊治氏追悼のCDは、”コーヴィッド”の感染拡大のために私のCD制作環境が激変して大学の研究室は閉鎖されて立入れなくなり、自宅でシコシコとマスター音源制作を行ない解説書のデザインや解説原稿執筆もままならない中で、海外でのCDのプレスは遅滞なく進めて戴き、また経済活動低下のために業務に難儀されている印刷会社に解説書制作を行なって戴いて、つい先日「マエストロ追悼・”田園”」として追悼CDを完成させて、お彼岸にご霊前にお参りしてお供えする事が出来た。

 そして追悼CDは当初2枚組を計画していたのが1枚物に変更せざるを得なくなって上記の「マエストロ追悼・”田園”」としていたのが、今般、制作を中断していたもう1枚も制作可能になり”管弦楽の精華”として完成させた。

 このCDに収録した曲は以下の通りである。

 [1] シベリウス:交響詩“フィンランディア”

 [2] ブライムス:ハイドンの主題による変奏曲

 [3] ウエーバー:“魔弾の射手”序曲       

  [4] 賀緑汀:“晩会”

 [5] ムソルグスキー:“展覧会の絵 ”

 これらは全て過去の定期演奏会収録からセレクトした物であり、殆どは皆様ご存じの曲なので紙面の都合で曲の解説は省略させて戴くが、[4]「賀緑汀:“晩会”」は1984年に荒谷氏が率いた九大フィルの上海演奏旅行の際に演奏された曲であり、賀緑汀に付いては「上海音楽学院で教鞭を取っていた作曲家」との情報以外は得ていない。

 九大フィルの定期演奏会収録は、以前は録音技術の観点から満足出来る物は少なかったが、1975年より福岡在住の録音研究家・加藤綽男氏がボランティアとして収録を引き受けられる様になってからは録音レベルが大幅に向上した。私は1982年頃に加藤氏収録のカセットテープの録音欠陥修復・整音化をお引受けして以来、1984年からご一緒に演奏会収録を行なう様になって、九大フィルの演奏会の都度に手弁当で訪福して加藤氏と一緒に会場収録を行ない、1990年代末までそのワーキングを続けた。その間に加藤氏ならびに日本ビクター在籍の九大フィル出身者と一緒に九大フィルCDプロジェクトを結成して18枚の九大フィルCDと1枚の九大マンドリンクラブのCDをリリースした。

 今回制作した荒谷氏の追悼CDはそれらの収録を使用しており、原収録にGHA処理を施して雑音を除去して、聞こえなかった楽音が明瞭に聴取出来る様に改善したので最近のディジタル録音に劣らない音質に到達出来ている。この中の“フィンランディア”は隣国ロシアの圧政に抗して自立を勝ち取ったフィンランドを讃える曲であり、”コーヴィッド”を克服して住みよい世界を再建するための闘いを鼓舞するために、このCDの先頭曲に据えた。

 荒谷氏は非常に理知的な演奏を聴かせているが、九大フィルとはそれに加えて他の指揮者とは一味違う先輩として気心の通じた演奏を楽しませてくれた。それが聴けなくなったのは寂しい限りである。

 

[2] 正月休みに突然失踪した九大フィルの後輩

 本CDに収録している“フィンランディア”と「ハイドンの主題による変奏曲」は特別な願いを込めた選曲である。1995年12月の荒谷氏が指揮する定期演奏会で演奏されたこれらの曲の収録が契機で、九大フィルのファゴット首席を務めていて更に「幹事長」という“オーケストラ楽団長”の役割を担っている工学部知能機械工学科の学生・浜崎真嗣君との知遇を得た。上記の2曲は浜崎君が幹事長として自らファゴットを奏しオーケストラを仕切った演奏である。

 録音の打ち合わせで知り合った浜崎君は私が大学時代に学んだ情報通信工学と密接する工学分野を学んでいて頭脳は極めて明晰、担当楽器は私が担当していたオーボエと同じ木管楽器群のファゴットという事で話は‘ツーカー’で、しかも出身地の長崎市は私の伯母が住んでいて中学生の頃から何度も出掛けていて「勝手知ったる何とやら・・・」という事で、話が合って仲良くなった。

 その彼から「音楽に関する情報機器の開発業務に就きたい」との相談を受けたので「日本ビクターの業務と研究開発体制」を詳しく説明したところ、日本ビクター㈱の新卒採用に応募して入社試験を最上レベルの成績でパスし、同社八王子事業所にある業務音響機器工場の業務用音響機器ならびに音楽ホール等の音響設備の開発部署に配属された。私は同じ事業所内にあった社員研修施設には仕事で頻繁に出向いていて、入社後に彼に会う機会は多かったが、何時でも会える状況にあったために立ち話程度に留まっていて、ゆっくりと会って彼の会社生活について色々と話を聞いた事はなかった。

 私が今年の正月・松の内明けに新聞記事で荒谷氏の逝去を知ったちょうど20年前の2000年1月7日、正月休みが明けて本務の日本ビクター㈱研究所の仕事始めに臨んだ翌日、兼務している本社の人事部に出社したら同僚から「八王子工場勤務の浜崎真嗣君が独身寮から失踪した」と聞かされた。

浜崎真嗣君

 彼の失踪事件は入社3年目の事であり、聞くところでは6日の仕事始めに出社せず、翌日も欠勤して部署の庶務が彼に電話しても通じないので人事課員が独身寮を訪れたところ、部屋の入り口は施錠されず部屋の電気は付けっぱなしで電気こたつの上には食べかけのパンが残されていて、当日朝に配達された朝刊は新聞受けから部屋に持ち込まれて机の上に置いてあったとの事。彼の部屋の近くには正面玄関とは別の通用口があって、何時も彼は通用口側の駐輪場に置いている自分の自転車で工場に通っていたのが、自転車は駐輪場に放置されていたとの事であった。

 そこで早速八王子に出向いて工場の作業現場と独身寮を実見した。工場では彼の作業デスクはすぐに仕事が始められる状態に整理されていて、同僚に聞いても失踪に繋がる様な周囲とのトラブルは皆無であり、また失踪に至る様な個人的な悩みを抱えている様な様子も全く感じられなかったとの事である。

 続いて独身寮に赴き部屋と周囲の状況を実見した。部屋の状況には全く手が付けられていなかったので事前に聞かされていた様子と変わりなかったが、独身寮の正面玄関周辺には多くの人家があるのに対して、通用口の道路を挟んだ反対側は樹の茂みになっていて人家が全く無いのが気になった。この状況から1989年に横浜市で起きたオウム真理教の坂本弁護士一家拉致事件が頭を過ったが、オウム真理教は1995年の教祖麻原彰晃逮捕によって教団は壊滅しており、それとは異なる何か得体の知れない力が浜作君を襲った事が感じられた。

 やがて浜崎君の地元長崎から身内の人達が上京して、独身寮に置いていた彼の私物を引き取り、併せて彼の銀行口座やパソコンの電子メール通信記録を手掛りに、事件発生前後の彼の行動が調査された。

 その結果、彼は事件発生前日の深夜まで友人とメール交信を行っていて、それにはこの事件と結びつく様な内容は全く認められなかった。

 次に彼の預金通帳の利用状況を調べたところ、以下の事が明らかになった。

 彼は事件当日の午前7時頃に東京駅の銀行ATMから現金を引き出した。

 次に彼は午後1時過ぎに函館市で銀行のATMから預金全額を引き出した。

 何れのATMにも彼の姿は明瞭に写っていなかった。

 当日の東京→函館の航空便の乗客名簿に彼の名前はなかった。

 また、彼の同僚への聴き取りで次の事が明らかになった。

 彼はビリアードが趣味で、退社後に会社近くのビリアード場に度々出掛けていた。 

 同僚で彼と一緒にビリアード場に行った者は居ない。

 ビリアード場に調べに行ったら、その直後に閉鎖された。

 ビリアード場のオーナーは北朝鮮関係者であった。

 そして事件の数カ月後に長崎の実家に得体の知れない無言電話が掛かってきた。

 以上の事から北朝鮮による拉致を疑い、拉致被害者の救出活動を続けている[特定失踪者問題調査会]にこの事件に対する見解をお聞きした。

 私は音響工学分野の音声の分析合成研究にも取り組んでおり、日本ビクター㈱研究所勤務時代から武蔵工業大学教授に就任して退職するまでの間、警察署や航空会社そしてマスコミ等の依頼によって犯罪者の脅迫電話の解読、航空機事故のボイスレコーダーの解析、政治家暗殺事件のピストル発射音の解析などに取り組んでいて、[特定失踪者問題調査会]からも北朝鮮から何らかの方法で入手した北朝鮮在住日本人の会話の録音と日本に住む親族の音声の類似性や共通性の鑑定を依頼された事があり、その伝手で浜崎君の失踪事件の見解教示をお願いしたものである。

 それに対して、[特定失踪者問題調査会]はこれまで取り組んで来た数多くの拉致事例に照らし合わせて、その手口から浜崎君の身に起きた事件は北朝鮮による拉致の可能性が極めて高いと判断して、拉致被害者約300人が掲載されている救出活動ポスターに浜崎君の肖像写真を掲載して広く情報を求め、調査会が日本政府に求めている拉致被害者救出活動の対象者に彼を加えて戴いた。

 [特定失踪者問題調査会]によれば、北朝鮮による日本人拉致は、日本政府は1971年に新潟市の海岸近くの住宅地で拉致された横田めぐみさんを初めとする12人しか認定していないが、実際には1950年代初めから2004年頃まで継続的に行なわれていて、その認定者数は500余名、うち約300人が公開されているとの事である。拉致被害者は当時5歳の幼児から高齢者にも及び、職種は様々であり、拉致は海外や洋上船舶も含む至る場所で行なわれている。

 浜崎君の事件が起きた前後数年間でも原子力研究所研究員や大手電器メーカーの独身技術者、理工系大学院学生、公的保安業務に携わる若手職員等の不審な失踪が発生しており、その手口には“予め拉致対象に目を付けておいて拉致を実行していると認められる”との共通性がある。浜崎君の場合は、実行者は日本ビクターを含む工業団地の工場や研究所に勤務する優秀な技術者の拉致を計画し、ビリアード場を開設してそこを拠点に技術者の情報を収集してやがて浜崎君を拉致対象に絞り込み、彼の居所や行動パターンを調べ上げて正月休み明けに拉致を実行したと考えている。

 拉致当日、早朝に朝刊が配られた直後に予てから浜崎君とビリアード場で親しくなっていた拉致実行者の一人が突然浜崎君の部屋を訪れて何か緊急事態を告げて独身寮の外に連れ出し、寮の通用口の側に停めていた車に数人掛りで押し込んで車を発進させ、車の中で浜崎君から暴力的に銀行カードを奪って暗証番号を聞き出し、銀行カードを手にした拉致実行者の一人が最寄りのJR中央線豊田駅から東京駅に向かってそこで銀行ATMから現金を引き出し、更に羽田空港から函館に行ってそこの銀行のATMで預金を全額引き出して浜崎君が自分の意志で北海道に向かった様に偽装した。そして他の拉致実行者達はそのまま中央道、北陸道を通って金沢方面に向かい能登半島の何れかの地点から工作船で北朝鮮の何れかに向かったと推察している。彼は今年で46歳、恐らく軍事施設か情報インテリジェンス施設で諜報活動に従事させられているのではないかと想像している。

 先の太平洋戦争終結から75年経ち、その間に日本は廃墟から復興を遂げて平和な民主主義社会を築いた。それが今日”コーヴィッド感染流行”と言う国難に晒されている一方、近隣諸国との関係に目を転じると、近隣大国の軍事船舶が日本領の島嶼周辺を遊弋し、核兵器を保有する北朝鮮がと日本に届くミサイルを日本海沿岸に配備するという軍事的な脅威に晒されている。長期に及ぶ日本人拉致も人的な軍事的な脅威の一つであり、私達は日本の防衛に真剣に取り組むべきであると考える。

 かってオウム真理教による坂本弁護士一家拉致事件に対する救出活動決起集会が開かれて、そこでは事件への抗議と救出活動を鼓舞するために“フィンランディア”が演奏されたが、この事が浜崎君の事件に鑑みて彼自身が演奏に参加した“フィンランディア”をこのCDの先頭曲に据えたもう一つの理由にもなっている。皆様には浜崎君をはじめ拉致被害者の救出活動に対するご支援を戴く様に切望致す次第である。 

[演奏者のプロフィール]

◎ 指揮者 荒谷俊治

 1930年に広島市に生まれ、小学生時代に福岡に転居して終戦を迎える。福岡修猷館中学から1946年に旧制福岡高等学校に進学し、修猷館出身者や福岡高等学校混声合唱団、西南学院グリークラブメンバーによって結成された福岡合唱協会に入って、当時福岡で音楽活動をされていた指揮者・石丸寛氏から音楽の指導を受ける様になった。1949年に九州大学に入学して1955年に法学部と文学部を卒業、その間に九大フィルハーモニーオーケストラ(九大フィル)に在籍して石丸氏の指揮を補佐していたが、1952年に石丸氏が東京交響楽団指揮者に就任後は九大フィル指揮者を継承した。1957年にプロ音楽家を目指して上京し、石丸氏と作曲家の高田三郎氏に音楽を師事して1958年に東京放送合唱団を指揮してデビュー、1968年に東京フィルハーモニー交響楽団指揮者に就任して、1970年からは文化庁在外芸術研究員として1年間ヨーロッパと米国に派遣され、その間に世界的名指揮者・ジョージ・セルに師事した。1974-80年に名古屋フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者を務めた後は石丸氏と同様に特定の楽団には専属せず、日本オペラ協会に協力した創作オペラや日本音楽集団と協力しての日本の伝統音楽に根ざした音楽の創造に注力し、テレビの音楽番組出演やレコード録音、アマチュアの合唱団やオーケストラの指導に尽力された。その間、一貫して合唱団・東京コールフェラインの音楽音監督・常任指揮者を務められて、昨年秋に生涯最後の演奏会を指揮して2020年1月1日、心不全で急逝した。

 

◎ 参考資料

[1] 失踪者家族会:『「ただいま」も言えない「おかえり」も言えない』高木書房(2015)

[2] 特定失踪者問題調査会:『消えた277人』毎日ワンズ(2007)

[3] 荒木和博:『北朝鮮拉致と「特定失踪者」』展転社(2015)

 

◎ 制作者のバイオグラフィー

 1967年九州大学大学院を修了。日本ビクター㈱研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員等を歴任し、現在は独立研究者として音楽録音技術および音文化の研究を行なっている。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで、日本ビクター㈱に入社後は研究所に所属して10年以上に亘って音楽録音研究とアナログレコードの研究に取り組み、高品質レコードの研究で工学博士を取得、その間に録音スタジオに出向いて録音研究を実践し、多くの録音セッションに参画してトーンマイスターの技量を修得した。研究領域は音響工学の他に真空管を含むアナログ電子回路と回路網理論、そして信号理論を専門としていて、録音研究の他に音響用特殊電子機器の研究開発に携わり、ディジタルオーディオ時代以降は大学時代の音声合成認識研究の延長としてディジタル信号処理に取り組み非調和周波数解析GHAの研究を行なった。大学に移ってからは音響工学と電子回路工学の研究・教育に携わり、GHA蘇刻の実用化を達成した。大学生時代から吹奏楽とオーケストラに参加してプロの音楽家との交流を通じて音楽を独学し、業務で修得した録音技術を駆使して約80枚のGHA蘇刻CDを含む250枚を越えるCDを制作して今日に至っている。

 

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北朝鮮船・遺体着岸漂流一覧(令和2年3月24日現在確認分)

http://araki.way-nifty.com/araki/2020/03/post-f7a8e9.html

着岸漂流一覧と失踪関連地点マップ

https://drive.google.com/open?id=1Nsd5Xf9dqDa6AsYv5_4VspEFmeNh95qS&usp=sharing

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<調査会役員・特定失踪者家族会三役の参加するイベント(一般公開の拉致問題に関係するもの)・メディア出演・寄稿・特定失踪者問題に関する報道(突発事案などで、変更される可能性もあります)等> 

※事前申込み・参加費等についてはお問い合わせ先にご連絡下さい。 

 

★11月21日(土)15:00「防人と歩む会フォーラム」(同会主催)

・高田馬場F1ビル(高田馬場駅前) 

・調査会代表荒木が参加

・参加申込み:info@sakimori-japan.org

 

★12月5日(土)~6日(日)「第2回 北朝鮮に自由を!人権映画祭」(同実行委員会主催)

・民団大阪ホール(地下鉄谷町線「中崎町」駅2番出口から徒歩3分 大阪市北区中崎2-4-2)

・調査会代表荒木他役員が参加

 

★12月6日(日)名古屋市啓発行事(名古屋市主催)

・ソレイユプラザなごや(地下鉄伏見駅歩7分 名古屋市中区栄1-23-13伏見ライフプラザ12F 052-684-7017)

 吉見美保特定失踪者家族会副会長・調査会顧問藤沢が参加

 

★12月12日(土)国際シンポジウム(政府主催)

・イイノホール(地下鉄千代田線霞ヶ関駅直結)

・今井英輝特定失踪者家族会会長他特定失踪者家族会役員・調査会役員が参加

 

★12月20日(日)北朝鮮人権シネマフォーラム in 善通寺

・調査会代表荒木が参加

 

★令和3年2月6日(土)北朝鮮人権シネマフォーラム in 益田

・益田市人権センター(益田駅徒歩15分)

・調査会代表荒木・理事石原が参加

 

★2月7日(日)13:45北朝鮮人権シネマフォーラム in 東広島(同実行委員会主催)

・東広島市市民協働センター(西条駅徒歩12分。東広島市西条栄町8-29)

・調査会代表荒木が参加

 

 ★FM「オレがやらなきゃ誰がやる!」 

毎週木曜日21:00~、「RADIO TXT FM Dramacity 776.fm」(札幌) 他

副代表村尾がパーソナリティー 

インターネット「ListenRadio」で札幌以外でもパソコン・スマホから聴取できます。 

http://listenradio.jp

YouTube Office Movementのチャンネルからはいつでも聴取できます。

https://www.youtube.com/channel/UCTtzOOIcIOa22_gnLubk8Dg

 

★代表荒木のYouTubeチャンネル

 毎日5~10分配信しています。RadioTalk・GooglePodcastなどでは音声配信で聞くことができます。

https://www.youtube.com/channel/UCSa3H61PRYDyRy4aHvF_VSA

 

★インターネット放送 channelAJER(チャンネル アジャ)では代表荒木の担当する番組『救い、守り、創る』を送信しています。会員制ですが1回26分の番組の前半は無料で視聴していただけます。 

http://ajer.jp 

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※特定失踪者に関わる報道は地域限定であってもできるだけ多くの方に知らせたいと思います。報道関係の皆様で特集記事掲載や特集番組放送などについて、可能であればメール(代表荒木アドレス宛)にてお知らせ下さい。 

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特定失踪者問題調査会ニュース 

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発行責任者荒木和博(送信を希望されない方、宛先の変更は 

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<カンパのご協力をよろしくお願いします> 

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●郵便振替口座00160-9-583587口座名義:特定失踪者問題調査会 

●銀行口座 みずほ銀行 飯田橋支店 普通預金 2520933 名義 特定失踪者問題調査会 

●労金口座 中央労働金庫 本郷支店 144093 名義 特定失踪者問題調査会代表 荒木和博 

(銀行口座のカンパで領収書のご入用な場合はご連絡下さい) 

■特定失踪者家族会■ 

郵便振替口座 00290-8-104325 特定失踪者家族会 

銀行口座 ゆうちょ銀行 普通預金 店番128(イチニハチ) 口座番号4097270 特定失踪者家族会

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