北朝鮮工作員の実態【調査会NEWS3444】(R3.5.26)
特定失踪者問題調査会副幹事長 杉野正治
ひとくちに工作員=スパイと言っても、エラい人から下っ端まで様々です。会社がそうであるように、スパイ組織は厳しい上下関係で成り立っています。違いと言ったら、ほとんど横の連絡を取らないことでしょう。おそらく軍隊と言った方が理解しやすいかもしれません。彼らは日本から情報、モノ、人などあらゆるものを本国に送る任務を負っています。
◆まずはアジトを獲得する
彼らは日本に侵入すると、まずは工作活動の拠点とするために、北朝鮮本国に肉親のいる在日朝鮮人を訪ねます。例えば夫に先立たれ子供二人を抱えて貧しく生活する未亡人を訪ねてこう言うのです。「あなたには平壌郊外に弟さんがおられますね。私は彼のメッセージをあなたに伝えるために日本にやって来ました」と、弟の手紙や録音されたテープを彼女に示します(もちろん強制的に手紙を書かせたり、原稿を読ませたりしたのでしょう)。「ずいぶんご苦労をされているようですね。でも私が党(朝鮮労働党)にひとこと言えば弟さんの安全を保証することができるし、生活も改善されます」と、遠回しに自分に協力するように迫ります。あるいは未亡人としての貧しい生活や子供の将来について話を出すこともあるでしょう。そこを活動の拠点とし、北朝鮮からの指令を受け取ったり、工作網を構築したりするのです。北朝鮮に肉親を持ち、工作員の補助的役割を担わせられる人を「土台人」と言います。
この住所に住む人物が、北朝鮮のどこに肉親が住んでいて、現在どういう家族構成で、工作員に協力をしてくれるかどうか。この女性については、工作員が密入国する前から綿密に調査を行っていたことがわかります。また弟には手紙を書かせたり音声を録音させたりと、入念な準備が必要です。もちろん協力を拒まれることも想定されるので、他に2、3人の候補を挙げて同様の準備をしたはずです。こうした「土台人」となるべき候補者の選定は、北朝鮮国内だけでは困難です。どう考えても日本国内で調査した結果を、北朝鮮本国に知らせたと考えるべきです。日本国内に存在する様々な組織が、こうした念入りな調査を事前に行ったと考えられます。
◆ほとんど横の連絡はしない
北朝鮮から日本に密入国した工作員は、Aの他にB、C…とたくさんいてそれぞれが工作網を築いています。彼らはおそらくお互いに情報共有はしていなかったと思われます。つまりAが行う工作活動を、BやCは把握していなかったでしょう。顔も知らなかったかもしれません。内心「ひょっとしてこいつは同業者かな」と感じていても、気づかないふりでいたでしょう。
彼らは横の連絡はほとんど取りません。Aという工作網で、例えばA2という人物が日本の警察に捕まって工作網が芋づる式に暴かれてしまう可能性があるからです。またAの工作網の中でも日本人を拉致するとなれば、このことを知っているのはごく少数のはずです。例えば、あたかも本人が向かったと見せかけるために拉致現場と全く関係のないところに車を走らせて放置したり、釣りをしていて事故にあったと見せかけたりするために釣り竿を海岸に置いたとしても、その偽装工作を行った人物は拉致と関わっているという自覚がなかったかもしれません。
あるいはAが拉致をしている隣でBが拉致していても、そのことを全く知らなかった可能性もあります。万一誰かが捕まったとしてもAの組織全体が露見することはないからです。これらの把握しているのは、おそらく本国で指令を発しているところのみでしょう。
◆敵にも味方にも監視される
こうした工作員は、ともかく目立たないように気をつけます。何よりも日本語を違和感なく話すことができ、読み書きができることがまず条件の一つとなります。またいい年をした中年男性がアパートに一人暮らしをすると不審に思われます。そのため、例えば脅した女性と同棲して夫婦を装い、お正月には揃って神社に初詣に足を運ぶなど、平凡な日本人の振る舞いをして日々を過ごしていくのです。なかには貿易会社を経営したり不動産会社を営んだりする人を一味に引き入れる工作員もいます。工作資金を確保するためです。工作員の隠れ家にするために2階建ての家を建てた協力者もいます。莫大な資金となる覚醒剤が北朝鮮から持ち込まれようとしたのも資金を調達するためでしょう。摘発されなかったものの多くが、工作活動や核開発の資金となっていったのです。
「金も持っているし自身で行動を決められるから優雅なもんだなぁ」…タキシード着てシャンパンを口に運んで…なんて映画のシーンを思い描きそうですが、どうやらそうでもなさそうです。これは工作員も、これを摘発する側もそうです。
まず彼らは結果を出さなければなりません。たとえばAという工作員が構築した工作網のうちA4という人物がサボっていたとします。するとある日A2のもとをふらりとAが訪ねてきてこう言うのです。「A4さん、あなたには〇〇という任務があるはずですが、どうも成果が挙がっていないようですね。一体何が原因なのか一緒に総括してみじゃありませんか」。A4はこの言葉に戦慄を覚えたに違いありません。まぁ言ってみれば詰問しているわけですから。もちろんAだって成果を挙げなければ、本国から厳しい追及や叱責を受けることになるのです。誰もが「監視」の対象となっているのです。
もちろんこれを取り締まる側も指を加えて見ているわけではありません。日本にも警察を始めいくつかの機関がこれを摘発しようと努力しています。ただこれによって工作活動すべてを把握し、止めることは不可能です。拉致問題に関しても警察は「法と証拠にもとづいて…」と言いますが、「法律」は不備(スパイ防止法がない)し「証拠」も消したり偽装工作を施したりしてほとんど使えそうにありません。相手もプロですから。となると日本の警察も粘り強~く監視や証拠集めを積み重ねて、ようやく摘発へとこぎつけるのです。
スパイの世界は、摘発する側もされる側も、地味なものです。
◆「やらかした」工作員たちの末路
工作活動を行う中でも、やはりハプニングは起こるものです。
昭和56(1981)年、大阪などで工作活動を行った黄成国は脱出しようと宮崎県日向市金ヶ浜の海岸に行きましたが、出迎えの工作船との連絡に失敗したうえ海岸付近の松林をさまよっているうち地元に人に「不審者がいる」と通報されて捕まってしまいました(日向事件)。
その3ヶ月後、東京都北区の路上で泥酔していたのを保護された高徳煥は偽造の外国人登録証を所持していたことから、工作員であることがわかりました(六郷事件)。
また同じ年の春、富山県の国鉄(当時)越中国分駅で泥酔した上にホームで酔っ払って暴れていた姜正彦が、通報で駆けつけた警官に職務質問されました(伏木国分事件)。
工作船との連絡の行き違いや、泥酔して通報されるなど、工作員にもお間抜けなやつがいるものだと、不謹慎ながら笑ってしまいそうになります。でも伏木国分駅で通報された姜正彦は、翌朝に詳しく取り調べをするために高岡駅前のホテルに一時滞在していたところ、ホテルから飛び降りて自殺してしまいました。強烈なまでの祖国への忠誠心なる故なのか、それとも自身が検挙されたことで厳しい叱責を受けることを恐れたのか。あるいは彼自身が人質同然の身内を案じてのことだったか…もしかすると、工作網の露見を危惧して身内が突き落としたのでは、といろいろと想像を巡らすしかありません。本人の死によって実際は不明のままです。
こうした工作組織が、日本国内に一体どれだけあったのでしょうか。軍事情報を取得したり日本人を拉致したり、大掛かりなものをちょっと考えただけでも相当の労力(人的にも資金的にも)が費やされたことでしょう。となると相当な人数に上るはずです。
これらの事件からおよそ40年、技術も大きく進歩しています。しかし北朝鮮は変わらず日本を工作活動の対象としているでしょうし、拉致被害者もほとんど帰ってきていないことも何も変わっていないのです。
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北朝鮮船・遺体着岸漂流一覧(令和3年1月22日現在確認分)
http://araki.way-nifty.com/araki/2021/01/post-2e613f.html
着岸漂流一覧と失踪関連地点マップ
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